「藤野先生」根幹部分は虚構か 魯迅小説言語拾零(4)

日本語と中国語(387) (6)衝撃を受けた「幻灯事件」   仙台医専で魯迅は、ある日解剖学教授の藤野先生からノートの提出を求められる。数日後、返ってきたノートを見て魯迅は驚く。なんとノートは初めから終わりまで朱筆で添削してあり、さらに書き落とした部分を補ったうえに、文法的な間違いまで訂正されていたのである。   この藤野先生の「親切」がちょっとした波紋を呼ぶ。魯迅は解剖学の試験に合格するが、それは藤野先生が予め出題箇所に記号(しるし)を付けておいてくれたからであるというのである。幸いこの疑いは仲の良い級友たちの抗議もあって晴らされたが、続いてさらに深刻な事件に遭遇する。少し長くなるが、原文を引く。    中国是弱国,所以中国人当然是低能儿,分数在六十分以上,便不是自己的能力了:也无怪他們疑惑。但我接着便有参観槍斃中国人的命運了。第二年添教霉菌学,細菌的形状是全用電影来顕示的,一段落已完而還没有到下課的時候,便影几片時事的片子,自然都是日本戦勝俄国的情形。但偏有中国人夹在里辺:給俄国人做偵探,被日本軍捕獲,要槍斃了,囲着看的也是一群中国人;在講堂里的還有一个我。   竹内好氏による日本語訳も紹介しておこう。(ちくま文庫『魯迅文集2』,1991年)    中国は弱国であり、したがって中国人は当然に低能だから、自分の力で六十点以上とれるはずがない、こうかれらが疑ったとしても無理はない。だが私はつづいて、中国人の銃殺されるのを参観する運命にめぐりあった。第二学年では細菌学の授業があって、細菌の形態はすべて幻灯で映して見せるが、授業が一段落してもまだ放課にならぬと、ニュースを放映してみせた。むろん日本がロシアとの戦争で勝った場面ばかりだ。ところがスクリーンに、ひょっこり中国人が登場した。ロシア軍のスパイとして日本軍に捕えられ、銃殺される場面である。それを取りまいて見物している群衆も中国人だった。もうひとり、教室に私がいる。   やがて、「万歳!」と彼らはみな手をたたいて歓呼する。   この時の衝撃が魯迅をして学年の終わりに藤野先生を訪ねて、医学を学ぶことをやめたいこと、そして仙台を離れるつもりであることを告げさせることになる。   医学校を退学し東京にでた魯迅は、人間の身体の病を治す医師としてではなく、精神を改革する文学者としての道を歩むことになる。 (7)「幻灯事件」はフィクション?   上の引用文中にある“電影”は今日でいうところの「映画」ではなく、「幻灯」のことである。1965年、東北大学医学部細菌学教室で、日露戦争当時のものと思われるガラス板の幻灯スライド20枚のうち15枚が発見されたが、スパイ処刑シーンは含まれていないという。残りの5枚の内容は不明であるが、手書きのガラス絵という性質からして、「まわりで処刑を見物させられる中国人の顔までが、描かれているとは考えにくい」というのが、長く東北大学に在職された阿部兼也氏の推測である。   また、先の引用文の訳者の竹内好氏は、この箇所に注釈を施して、「この部分は作者のフィクションか記憶の混同かもしれない」としておられるが、これほどの深刻な「事件」の記憶を魯迅が混同するとは考えにくく、やはり「作者のフィクション」と見るのが自然であると、わたくしには思われる。   先の架空の「日暮里」駅といい、今回の「幻灯事件」といい、「藤野先生」は作品の根幹部分において虚構的要素を多分に含むと見てよいのではないだろうか。(執筆者:上野惠司 編集担当:水野陽子)
仙台医専で魯迅は、ある日解剖学教授の藤野先生からノートの提出を求められる。数日後、返ってきたノートを見て魯迅は驚く。なんとノートは初めから終わりまで朱筆で添削してあり、さらに書き落とした部分を補ったうえに、文法的な間違いまで訂正されていたのである。この藤野先生の「親切」がちょっとした波紋を呼ぶ。魯迅は解剖学の試験に合格するが、それは藤野先生が予め出題箇所に記号(しるし)を付けておいてくれたからであるというのである。幸いこの疑いは仲の良い級友たちの抗議もあって晴らされたが、続いてさらに深刻な事件に遭遇する。少し長くなるが、原文を引く。
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2014-01-08 10:15