「NISA」の導入を前に改めて考える、投信選びのポイントとは?

2013年10月1日から少額投資非課税制度「NISA」の口座開設手続きがスタートした。銀行や証券会社は、引き続き口座開設に向けて熱心な勧誘を行っているが、投信評価機関、モーニングスター代表取締役社長の朝倉智也氏は、「アベノミクスで投資環境が好転し、NISAの導入を控えた今こそ、資産運用の基本について個人投資家の一人ひとりが、もう一度よく考える必要がある」と呼びかける。朝倉氏に、「NISA」と投資信託市場について聞いた。
――2014年1月に「NISA」が導入されることを控えて、投資信託市場が活性化しているようです。現状を、どう評価していますか?
投資信託協会が発表する統計データによれば、2013年5月の公募投信の設定額が月間で過去最高の12兆円に達するなど、今年になってから投資信託の人気が盛り上がっています。アベノミクスによる円安、日本株高によって、投資信託の運用成績が好調に推移していることが、追い風になっているのでしょう。
しかし、私は常々感じているのですが、資産運用は、相場の上昇局面こそ難しいのです。足元の運用成績に目を奪われて、成績の良いものに資金を集中させてしまう傾向が強くなるからです。現に、この5月には過去最高の設定額となる一方で、解約額も10兆円を超えました。大きな規模で資金の移動が行われていることがわかります。
資産運用に成功するポイントは「分散投資」であり、「ポートフォリオ運用」であるとされますが、相場が上昇していると、「分散投資は面白くない」と感じでしまいがちです。1カ月間に10%も値上がりするようなことを目の前にすると、1年間で5%などという目標がつまらなく感じられ、ついつい値上がりしている資産に資金を集中投資したくなるものです。
ところが、人気銘柄への資金の集中は、往々にして大きな失敗の基です。このような時にこそ、資産運用に関する考え方を再確認する必要もあると思います。
今回、私が「新版 投資信託選びで いちばん 知りたいこと」(ダイヤモンド社)を改めて発行したのも、現在のような時にこそ、改めて資産運用に関する考え方の基本について考えることが必要だと思ったためでもあります。
――資産運用に関する考え方とは?
例えば、投資するにあたって大切なのは、投資する対象を選ぶのではなく、投資する目的に適った投資先を選ぶということです。投資する目的とは、子どものための教育費、住宅購入のための頭金、また、老後の資金などのことです。10年先にある住宅の頭金をつくるための投資と、30年先にある老後の資金のための投資では、投資する期間も、投資対象となる資産の性格も異なります。
モーニングスターの公式ホームページには、「金融電卓」という機能があり、この投資の目標を叶えるために必要な、「運用利回り」を簡単に計算できます。手元に300万円があり、毎月3万円を積み立てて、10年後に1000万円にするためには、年率何%の運用利回りが必要かということが分かります。
このように、目標から逆算して運用利回りを求める、そして、必要な運用利回りからポートフォリオを決めていくという考え方をすると、大きな間違いが起こりにくくなります。投資環境が良くなった今だからこそ、このような基本的な姿勢が大事になると思います。
新著では、運用利回りの水準に応じて、「スタンダード」「積極運用」「安定運用」の3つのパターンで、モデルポートフォリオを提案しています。
また、投資信託の中から良い商品を選ぶため、3つのポイントを抑えることを提案しています。まずは、「運用実績」を調べること。できるだけ長期の運用実績を確認し、シャープレシオによってリターンとリスクの関係もチェックします。次に、「コスト」です。購入時の手数料や、運用に関する費用は小さい方が良いといえます。そして、「運用残高」の推移を確認します。ファンドの運用残高は、ある程度の規模があって、極端な残高の増減がないものの方が、安定した運用ができます。
――2014年1月から非課税口座「NISA」が始まり、この10月からは口座開設の申し込みの受付も始まっています。「NISA」が投資信託市場に与える影響は?
「NISA」によって、新たに投資信託に投資を始める人が増えれば、投信市場にも少なからぬ影響があるのでしょう。ただ、私は、今回の「NISA」の制度設計に表れている金融庁の意図が、どこまで浸透していくかという点に注目しています。
「NISA」は1人あたり年間100万円までなど、いくつかの制度的な制限があって、そのために使い勝手の悪い制度と酷評されることもあります。しかし、この制限には、今後の投信市場の育成の方向性を示す内容が含まれています。
たとえば、「NISA」の口座は、1年間100万円の枠があるとはいえ、一度投資した金額を益出し(損切り)して再投資することができない仕組みです。これは、過度な短期売買を防ぐとともに、必要以上の「分配金」を抑えようという意図があると思います。「NISA」では分配金の再投資が不利に扱われるため、「NISA」向けの商品では、「無分配型」が用意されてきています。
また、「NISA」の口座を一度ある金融機関に開いたら、実質的に金融機関を変更できない仕組みになっていますが、これも安易な短期売買を抑制する効果があるでしょう。さらに、投資の収益に「非課税」という口座が提供されることによって、投資家の「コスト意識」は一段と高まることが予想され、大手証券やメガバンクなどでも販売手数料や信託報酬が低い商品の品揃えが充実してきています。
このように、低コストの費用で、長期に資産が積み上がるという投資スタイルが、「NISA」が定着させるきっかけになるかもしれません。
――今後の投資信託市場の展望は?
「NISA」口座をはじめ、「確定拠出年金」の口座、そして、一般の口座と、投資信託を購入する窓口は広がっています。ところが、銀行で投信窓販が開始され、「確定拠出年金」がスタートし、また、一般口座に「特定口座」の制度が導入されても、公募投資信託全体の資産残高は60兆円程度で、横ばいが続いてきました。個人金融資産に占める投資信託の割合も4-5%で長年変わりません。
これは、投信を長期で資産を積み上げていくツールとして活用しようという考え方が根付かなかったためだと思います。銀行や証券会社では、やはり、収益重視の姿勢から、高い販売手数料、また、短期の乗り換え提案などが行われてきました。このような状況を脱却し、投資信託市場が一段と成長していくためには、資産運用に対する正しい考え方が広がり、投資家1人ひとりが、自分の考え方をしっかり持って投資に取り組むことが必要でしょう。
「NISA」は、日本の景気回復期待が高まり、日本株が上昇するという良い機会に導入されると思います。これをきっかけに、改めて、投資信託を使った資産運用について、考える方も増えるでしょう。
投信による資産形成というと、若い方の話に聞こえるかもしれませんが、実は、退職した高齢者の方々も、退職後の20年-30年を考えると、退職金を含めて退職までに蓄積した資産を、いかに効率よく取り崩していくかという課題があります。そこでも資産運用の考え方を応用することができます。高齢者の方々も、「NISA」は資産活用のひとつの手段になります。
「NISA」がクロースアップされている今、改めて多くの方々が資産運用について考えるきっかけになれば良いと思います。
「新版 投資信託選びで いちばん 知りたいこと」は、2006年に発行した書籍から7年を経過し、この間、大きく成長した新興国市場をポートフォリオの中に加えるなど、新しい環境に応じて、大幅に加筆してボリュームアップしました。考え方の基本は、変わりませんが、現在の投資信託市場を踏まえた内容に全面的に改めました。
公募投資信託の数は4000本を超えています。これは、日本で上場している企業数よりも多いので、そこから自分に相応しい銘柄を選び出すということは、なかなか難しいと思います。「NISA」の活用にあたって、投資信託を選ぶ時にも、是非、ご一読いただき、ご参考にしてください。(編集担当:徳永浩)
2013年10月1日から少額投資非課税制度「NISA」の口座開設手続きがスタートした。モーニングスター代表取締役社長の朝倉智也氏は、「アベノミクスで投資環境が好転し、NISAの導入を控えた今こそ、資産運用の基本について個人投資家の一人ひとりが、もう一度よく考える必要がある」と呼びかける。朝倉氏に、「NISA」と投資信託市場について聞いた。
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