家計の資産形成支援は、より簡便で自由度の高い制度に=野村資本市場研究所が報告

 金融庁は2014年9月に「家計の資産形成を支援する制度の在り方に関する調査」報告書を公表した。すでに金融庁は8月に「平成27年度 税制改正要望項目」を発表し、NISA(少額投資非課税制度)について、ジュニアNISAの創設やNISAの年間投資上限額の引き上げを要望している。今回の報告書は、金融庁が今後の税制改正要望等の参考とするためにまとめたもので、NISAをはじめとする資産形成支援について、望ましい制度の在り方を考察している。報告書の取りまとめにあたった野村資本市場研究所の主任研究員、野村亜紀子氏(写真)に、報告書のポイントについて聞いた。 ――今回、金融庁から委託を受け「家計の資産形成を支援する制度の在り方」について報告書をまとめられました。英米の実情を調べ、国内においては有識者へのヒアリングを行って、NISAとDC(確定拠出年金)について制度改革案をまとめていますが、この報告を終えて、率直に得た感想は?  今回の調査依頼の件も含め、国が家計の資産形成に関する制度改正を、真剣に議論している現在は、日本の家計にとって重要なターニングポイントを迎えているといえます  米国や英国の歴史にも、国の制度改正が国民の意識変革を促したという事例が見て取れます。たとえば、米国の個人型DCといえるIRA(個人退職口座)は、1980年代に大きく伸びるのですが、この成長のきっかけにはレーガン政権当時の大規模減税策の一環で、制度の対象範囲を大きく広げたことがあげられます。それによって、国民の利用が増え、資産形成のための国民的なインフラになりました。  日本でも現在、NISAやDCについて活発な制度改正議論が起きており、資産形成について国民的な理解を深められる重要な時期を迎えていると感じました。 ――米英と比較して日本の制度は、遅れているのですか?  日本の個人金融資産は、総額で約1600兆円と規模の面では米国に次ぎ、英国を凌駕するほど規模は世界有数です。しかし、よくいわれるように金融資産の持ち主は退職後の世代に偏っています。個人的には、退職後世代が資産を管理し、次世代への相続を考えていくことと、現役世代が資産を形成していこうとすることとは分けて考えた方が良いと思います。そういうことも含め、資産形成についての国民の理解という点では、米英両国が一歩先んじているように思います。  たとえば、退職後の資産形成を目的としたDCで、日本では若者の多くが、年利0%台の定期預金で積み立てているというという実態がありますが、米英両国の国民には、20年-30年という長期の資産形成に0%金利の預金を使う発想はないと思います。米英では長期の資産運用には株式などへの投資が効果あったという経験が共有されています。  もっとも、日本の株価は1989年の高値を未だ回復していない、高度成長期に預貯金によって資産形成ができた世代の記憶がある、過去20年にわたる厳しい市場環境やデフレの経験が「結果的に預貯金で置いておく安心」として刷り込まれているなど、国民の意識には日本が歴史的に経験してきたことによる影響も大きいと思います。国民の資産形成の向けた行動は、制度の問題だけではなく、経済環境も含めて様々な要因の積み重ねの結果なので、単純に整理できるものではありません。ただ、日本に比べて米英の国民の方が、資産形成について、より意識的な行動を行っている傾向があります。  米英の制度は、国民の老後を支える年金制度を、国だけで維持することが難しくなったという事情を背景に整備が始まり、その制度を利用した民間からの要望を受け入れながら、徐々に実情に合った内容に改正されてきたという歴史をたどっています。今も改正議論は活発です。米英の制度改定への進捗が早いのは、資産形成に対する国民的な関心が強いことが要因だと思います。  米英の制度を研究してわかるのは、制度の普及には誰でも簡便に利用できるようにすることが重要であり、制度利用者が大きく増えれば、そこに関わるサービスの拡充も進むという好循環が生まれることです。米国のIRA、英国のISA(個人貯蓄口座)などは、日本のNISAと同様に任意で使う制度です。誰でも使うことができて、活用にあたって自由度が高い制度へと改正が進んだことで、大きく普及しました。 ――一方で、日本国内の有識者にも多数ヒアリングをなさっていますが、そのヒアリングを通じての気付きは?  多くの気付きがありました。大きなポイントと感じたひとつは、国民のライフスタイルの多様化が急速に進んでいることです。たとえば、雇用ひとつをとっても、非正規雇用者数が急速に伸び、働き方、収入、家族や住まいに関する考え方は多様化しています。その多様化した生き方・働き方に対応した制度を用意する必要があります。もはや、以前のような「モデル世帯」といった考え方は通用しなくなっていると感じました。それだけに、国が用意する制度は、活用の自由度を確保する必要があります。  また、教育費の備えを支援すべきだという意見が、意外に多くありました。少子化によって、子ども一人ひとりのポテンシャルを引き出すために、今まで以上の教育が必要であると感じている人が多く、これをサポートするための国による支援制度が必要であるという考え方です。これまで、民間では教育に関するローンや保険はあるのですが、ここを税制優遇などでサポートする積み立て制度が加われば良いという意見です。ローンや保険、積み立ての組み合わせによって教育費に備えるような仕組みがあれば心強いと思います。 ――今回の報告書では、NISAには「制度の恒久化」「口座内の資産の乗り換えの容認」など、また、DCについては「拠出限度額の引き上げ」「加入の制約を撤廃」など具体的な制度改正案を示しました。これらについては、国の制度改正の議論で活かされる内容ですが、民間企業ができること、あるいは、私たち一人ひとりができることは?  職場経由での制度普及に、もっと積極的に取り組むことが、制度の普及には効果的なのではないかと思います。たとえば、一部にある「職域NISA」という考え方は、現在の制度でも工夫すれば導入可能です。職場での導入となると、非正規雇用の社員も含めた制度とするなど、制度設計にあたっても、多様な生活スタイルに合わせられる柔軟な内容とすることが不可欠です。  また、日本では2004年の公的年金改革で導入された給付抑制策によって、老後の所得確保における公的年金の役割は、将来的に縮小する方向にあるということが明確に打ち出されました。公的年金の給付について「マクロ経済スライド」が導入され、公的年金制度を維持するために、年金額は実質的に減額しますよと宣言しています。それから10年間は据え置いてきているのですが、2015年度には「マクロ経済スライド」が発動される見通しになっています。上手な情報発信は必要ですが、年金受給者が、これまでもらっていた年金額が実質的に少なくなるということを経験すると、公的年金や資産形成制度への関心は一気に高まると思います。  さらに、社会保障審議会企業年金部会において、DC制度をはじめとする企業年金制度について見直しの議論が続いていますが、この議論の前提になっているのは、「公的年金の縮小」であり、「国民の自助努力の促進」です。国が制度改正の議論をする中で、現在の制度の縮小と、それを補う国民の自助努力を求めていることを、私たちは、しっかりと受け止める必要があると思います。これらの議事録は、広く国民に公表されているので、後になって知らなかったとはいえません。  国が制度改正についての議論を進めている現在、私たち一人ひとりも、自分自身のライフプランについて見直し、ライフプランに応じた資産形成について、より強く意識していく必要がある。そのような時代を迎えていると思います。(取材・編集担当:徳永浩)
金融庁は2014年9月に「家計の資産形成を支援する制度の在り方に関する調査」報告書を公表した。(写真は、報告書の取りまとめにあたった野村資本市場研究所の主任研究員、野村亜紀子氏。撮影:サーチナ)
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2014-09-29 12:45