中国経済の「新常態」(2)=関志雄

中国経済新論「実事求是」-関志雄 ● 新常態下の経済政策のあり方   潜在成長率が大幅に低下し、経済危機のリスクが払拭されていない新常態において、中国政府は、「安定成長の維持」、「構造調整」、「改革の推進」という三本の柱からなる経済政策(いわゆる「リコノミクス」)を進めている。中でも、「改革の推進」が最優先課題として位置づけられている。 1)安定成長の維持   李克強首相は、マクロ・コントロールの主要目的が、経済の大きな上下変動を回避することにより、経済成長率を一定の水準以上に、またインフレ率を一定の水準以下に維持することであると指摘している。具体的数値は示されていないが、2014年3月の全国人民代表大会で発表された7.5%という成長率と、3.5%というインフレ率の目標が参考になろう。   潜在成長率の低下を無視し、無理して従来の高成長を拡張的財政・金融政策を以て追求しようとすると、次のような大きな代償を支払わなければならない。まず、刺激策を受けて、成長率が一時的に上昇するが、しばらく経つと、再び減速し、新しい刺激策が求められる。このように、経済は刺激策依存症に陥ってしまう。また、リーマン・ショック後に実施された4兆元に上る内需拡大策のように、景気刺激策の恩恵を受けるのは、民営企業よりも、主に国有企業である。それに伴う「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)という現象は、中国が目指している市場化改革に逆行するものであり、経済の活力を奪ってしまう恐れがある。さらに、刺激策が過剰設備と企業負債の増大をもたらす。前回の刺激策の後遺症として、一部の業種が過剰設備を抱えるようになり、また債務不履行も発生している。最後に、刺激策が不動産バブルの膨張を助長する。実際、近年見られた住宅を中心とする不動産価格の高騰は、リーマン・ショック後に実施された大幅な金融緩和によるところが大きい。不動産バブルが崩壊すれば、1990年代に日本が経験したように、銀行が抱える不良債権が増大し、マクロ経済が甚大な影響を受けかねない。   したがって、中国にとっての最優先課題は、高成長を維持するための景気対策を発動することよりも、金融改革と財政改革を通じて、資金の利用効率を高め、経済危機を未然に防ぐことである。中でも、シャドーバンキングによる融資と地方政府債務の膨脹や、住宅価格の上昇を抑えることは急務となっている。 2)構造調整   産業の面において「工業からサービス業」へ、需要の面において「投資から消費」へ、生産様式の面において企業のイノベーション能力の向上や産業の高度化などを通じて「労働力や資本といった生産要素の投入量の拡大から生産性の上昇」へとシフトしていくという「経済発展パターンの転換」が求められている。それに向けて、次の方策が講じられている(李克強「経済体制改革の深化に関する若干の問題」『求是』2014年9期、2014年5月)。   まず、産業の面では、改革開放をテコにサービス業の発展を促進する。それに向けて、サービスに適用される現行の営業税をすでに財に適用されている付加価値税に切り替え、これを通じてサービス業企業の税負担を軽減させる。その上、金融、教育、文化、スポーツ、医療、養老などのサービス業分野の秩序ある対外開放を促進し、外資参入に対する制限を緩和する。   また、需要の面では、消費の拡大に向けて、所得分配制度の改革、社会保障制度の充実化、新しい消費分野の開拓、サービス消費とオンラインショッピングなどの新しい業態の発展の促進に加え、国内流通市場の改革、制度改革を通じて市場秩序を整え規範化することに努める。   そして、イノベーション能力の向上と産業の高度化に関しては、企業のグローバル・バリュー・チェーンのハイエンドへの参入を促す。また、市場競争による優勝劣敗という原則を貫き、企業の合併や再編を奨励し、環境保護、安全、エネルギー消費、土地利用などの基準を強化し、様々な優遇政策を整理し、古い設備や過剰な生産能力の削減を促進し、新規投資を厳しく規制する。さらに、企業の技術改良を加速させ、従来型の産業の高度化を促進する。最後に、イノベーションプラットフォームを作り、地域集積の試行を行い、戦略的新興産業の発展を推し進める、というものである。   2014年春以来、中国政府は、特定部門をターゲットとする「ミニ刺激策」と呼ばれる一連の財政・金融政策を打ち出している。具体的に、国務院は2014年4月2日に鉄道投資の加速や零細企業を対象とする税制上の優遇措置を発表し、金融政策の面では、人民銀行が、2014年4月と6月の二回にわたって、零細企業や農業部門向け融資が一定の比率に達している銀行を対象に預金準備率を引き下げた。これらの政策は、景気対策の一環として位置づけられているが、その狙いは、地域間の調和的な発展、都市部と農村部の格差縮小、農産物の安定供給、零細企業の発展などであることを考えれば、むしろ構造改革の一環として捉えるべきであろう。   このような直接的手段に加え、中長期的には、都市化の推進も、内需拡大、産業構造の高度化、三農(農業、農村、農民)問題の解決、地域間の格差の縮小などを通じて、経済発展パターンの転換に寄与すると期待される。 3)改革の推進   改革の推進については、政府と市場の役割分担の見直しが焦点となる。   中国は1970年代末に改革開放に転換してから、計画経済から市場経済への移行を目指している。しかし、経済面の改革と比べて政府自身の改革が遅れていることを反映して、政府は未だに介入すべきではないところまで介入している(中国語で「越位」)一方で、本来果たさなければならない役割を十分に果たしていない(中国語で「缺位」)。   「越位」の例としては、政府が依然として土地などの重要な資源をコントロールし、基幹産業も相変わらず国有企業により独占されていることが挙げられる。また、権限を持つ官僚による自由裁量の余地が大きく、企業の経済活動に頻繁に直接関与している。スポーツに例えれば、審判員であるべき政府が選手も兼ねてしまうため、公平な試合ができない状況である。   一方、「缺位」の例としては、環境保護、社会保障、医療、教育といった公共サービスの不足が挙げられる。経済関係の法律も十分に整備されておらず、その運用も不透明である。さらに、信用と取引秩序の基盤の整備と政府のマクロ・コントロール能力の強化も望まれる。   これらの問題を解決していくために、今後、政府の役割を市場経済のニーズに合わせて見直さなければならない。その上、市場と民間企業の活力を活かすために、規制緩和や多くの分野における国有企業の独占体制の打破を通じて、公平・公正な市場環境を構築しなければならない。   それに向けての改革の方針が2013年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」に提示されている。また、李克強総理は、①「権力リスト」を作成し、政府が何をすべきかを明確にし、「法で権力が認められていないことは行えない」、②「ネガティブリスト」を作成し、企業がしてはならないことを明確にし、「法で禁止されていなければ行ってよい」、③「責任リスト」をまとめ、政府がどのように市場を管理するかを明確にし、「法で定められている責任を果たす」、ことを徹底すると公約している(李克強、天津で開催された2014夏季ダボス会議の開幕式でのスピーチ、2014年9月10日)。   新常態に移った中国にとって、これらの方針を貫くことは、リスクを回避しながら、イノベーションという新しい原動力をテコに、中高度の成長を持続させ、経済構造の改善を実現するカギとなる。 (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
潜在成長率が大幅に低下し、経済危機のリスクが払拭されていない新常態において、中国政府は、「安定成長の維持」、「構造調整」、「改革の推進」という三本の柱からなる経済政策(いわゆる「リコノミクス」)を進めている。中でも、「改革の推進」が最優先課題として位置づけられている。
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2014-10-06 12:15