ポスト三中全会の財政・税制改革―課題となる地方政府の財源確保(2)=関志雄

中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄 ●財政移転制度の改善   中央政府と地方政府間の財政関係を調整していくためには、両者の間の収入と支出責任の見直しに加え、財政移転制度の改善が欠かせない。   中央政府から地方政府への財政移転は「一般性移転支出」、「専項移転支出」からなっている。一般性移転支出は、資金の用途が地方政府に委ねられることや、「標準支出」「標準収入」といった算出方式を用いる点で日本の地方交付税交付金と類似している。専項移転支出はインフラ整備や、社会保障、農業、教育といった分野への使途特定の移転である。日本の国庫支出金と同様、資金がプロジェクトごとに配分され、運用についてはそれぞれの管轄官庁の裁量権が大きく、透明性が低い。   財政移転に加え、「税収返還」を通じても、中央政府から地方政府へ財政資金の移転が行われている。税収返還は、主に1994年の分税制の実施と2002年の法人税および所得税の共有化の際に、税が中央政府に移管された地方政府に対して、改革前の税収、さらには一定の増分を保証する仕組みである。これは基本的にもともと税収の多かった地域に税金を返還することで税制改革を円滑に行うために設けられたものであり、近年、その重要性は相対的に低下してきている。   税収返還を含む中央政府から地方政府への財政移転の規模は、2013年に4兆8038億元に上っている。これは中央政府の公共財政収入の約8割に当たり、地方政府の公共財政支出の約4割を賄っている(図1)。しかし、資金配分の基準が曖昧であるゆえに、期待される地域格差の是正機能を十分発揮していない。これを改めるために、政府は、財政移転制度の改革について次の方針を決めている(「財政・税制体制改革のクライマックス―財政部の責任者が予算改革の深化について語る」、新華社、2014年10月8日)。   まず、一般性移転支出の増加メカニズムの整備を行う。一般性移転支出の規模を徐々に拡大させ、その財政移転に占める割合を60%以上に引き上げる(2013年現在、56.7%、表4参照)。旧革命根拠地、少数民族地域、辺境地域、貧困地域への移転支出を重点的に増やす。中央政府が支出増につながる政策を打ち出したことによる地方政府の財源不足は、原則として一般性移転支出で調節する。 図1 中央政府と地方政府の公共財政収支バランス(2013年実績)(図入りサイト参照) 表4:中央政府から地方政府への財政移転の構成(図入りサイト参照)   また、専項移転支出の整理、統合、規範化に注力する。中央政府と地方政府の権限を合理的に定め、政策誘導・救済・緊急対応に関する専項移転支出を厳しく抑制し、地方事業に分類されるものは一般性移転支出に盛り込む。競争分野における専項移転支出に対し、一つずつ選別し、基準を満たしていない項目は断固として廃止する。目標、資金投入の方向、資金管理方式が似ている専項移転支出を統合する。専項移転支出項目の立ち上げを規範化し、新規項目と資金規模を厳しくコントロールし、健全なる専項移転支出の定期審査と廃止のメカニズムを構築する。   さらに、中央政府から地方政府への財政移転に関するルールの改正・整備を加速する。移転支払項目の立ち上げ、資金配分、執行管理、業績評価、情報開示などに対し、ルールを作成する。財政移転支出を農業移動人口の市民化にリンクさせるメカニズムの研究を進める。中央政府と地方政府の支出責任を明確化した上、現行の政策を整理し、中央政府が負担すべき項目は地方政府に関連資金の負担を一切要求してはならない。中央政府と地方政府が共同負担する項目に関しては、両者がそれぞれの負担分に応じて資金を用意する。   最後に、資金の有効利用を目指し、各地方の管轄下に置かれている専項資金の整理・統合・規範化と資金管理のルールの整備が求められる。 ● 地方政府性債務管理の規範化とリスクの予防と解消   近年、財政収入の伸びの低下と支出の下方硬直性との矛盾が激しくなり、財政赤字とリスクは累積している。地方政府が設立する融資プラットフォーム会社の債務の急増に象徴されるように、収支不均衡の問題は、中央政府よりも地方政府のほうが深刻である。審計署によると、2013年6月末における地方政府性債務(「直接債務」と「偶発債務」を合わせたもの)残高は17兆8908億元(そのうち、融資プラットフォーム会社の債務は6兆9705億元)に上り、それは、中央政府性債務(12兆3841億元)を上回っている(表5)。地方政府性債務管理の規範化とリスクの予防と解消に向けて、次の方針が打ち出されている(国務院「国務院の予算管理制度改革に関する決定」、2014年9月26日)。 表5:政府性債務の規模(2013年6月)(図入りサイト参照)   まず、法を以て地方政府に負債性資金を調達(借金)する適度な権限を付与し、規範化された地方政府による資金調達のメカニズムを構築する。省、自治区、直轄市レベルの政府は、国務院の許可を得た上で、一定の範囲内において借金することができる。市県レベルの政府は借金が必要な場合、上のレベルの省、自治区、直轄市の政府が代行する。その際、借金できるのはあくまでも政府とその関連部門に限り、企業や事業部門を経由した資金調達は認められない。地方政府による負債性資金の調達は、政府債券の発行という形をとる。政府の代わりに資金を調達するという融資プラットフォーム会社の機能を廃止する。政府と官民パートナーシップ(PPP)方式を推進し、民間企業への業務委託などの方法を活かし、都市インフラなど一定収益のある公共事業への投資と運営を奨励する。   第二に、地方政府性債務に対し、規模をコントロールし、分類管理を実施する。各地方政府の債務は許可された枠の上限を超えてはならない。地方政府性債務は「一般」債務、「専項」債務に分類する。前者は公共財政予算、後者は政府性基金予算の管理対象となる。   第三に、政府による負債性資金の調達プロセスと用途を厳密に定める。地方政府は国務院に許可された限度額内で借金することができる。その際、同レベルの人民代表大会またはその常務委員会の許可を得なければならないと同時に、市場原理にも従わなければらなない。地方政府を対象とする信用格付け制度を構築し、徐々に地方債市場を整備していく。地方債の発行によって調達された資金の用途は、インフラ建設などの公共資本支出と債務返済に限定し、経常支出に充ててはならない。   第四に、債務リスクの予防と解消メカニズムを構築する。財政部は債務比率、新規債務率、返済率、期限超過債務率などの指標に基づき、各地方の債務リスクの現状を把握し、特に、債務リスクの高い地方に対して警戒を強める。債務リスクの高い地方は、リスクの解消に積極的に措置を講じなければならない。選別を経て、予算管理の対象となった地方政府の債務残高について、利子負担の軽減と満期構造の最適化のために、各地方は許可を得て地方債を発行し、それによって調達される資金を以て旧債務の償還に充てることができる。予算制約をハード化し、モラルハザードを防ぐべく、地方政府は債務に対し、返済責任を負い、中央政府は原則的に救済しない。   最後に、問責審査制度を構築する。政府性債務を幹部の業績審査の指標として取り入れる。省、自治区、直轄市政府は管轄地域内の地方政府の債務に責任を負う。各レベルの地方政府は、地方政府性債務の管理強化、財政・金融リスクの予防と解消に対して責任を背負う。そして、地方政府のトップは、政策を確実に実施することの最終責任を負う。 ● 残された課題   地方政府性債務問題をはじめ、中国が直面している多くの財政問題は、現行の分税制の下で、財源の配分が中央政府に傾斜しており、地方政府は恒常的に財源不足に陥っていることを反映したものである。しかし、最近の一連の改革案が、地方政府の税制基盤の強化につながるかについては、まだ疑問が残る。   特に、営業税の増値税への切り替えは、地方政府の税収を増やすどころか、むしろ減らすものである。現行の分税制の区分では、増値税は中央政府と地方政府がシェアする共有税(中央は75%、地方は25%)であるのに対して、営業税は、一部の対象を除けば、100%地方政府の収入となる。地方政府にとって、営業税は最も重要な税目となっており、2013年には税収の31.8%を占めている(表3)。営業税が増値税に切り替えられることは、それに伴う増値税による税収の拡大を考慮しても、地方政府の税収の大幅な減少を意味する。最近の不動産市場の低迷と土地価格の下落に伴う土地譲渡金収入の減少も加わり、今後、地方の財政は一層厳しくなると予想される。地方政府の財源を確保し、財政破たんを未然に防ぐために、中央政府から地方政府への財政移転を増やしながら、税目の区分の見直しを通じて、両者の間の税収の配分比率を抜本的に見直さなければならない。 ======================================================= 付録:三中全会で決定された財政・税制改革の内容 ―財政・税制体制改革を深める―   財政は国の統治の基礎で、重要な柱であり、科学的な財政・租税体制は資源配分の最適化、統一した市場の維持、社会的公平の促進、国の長期安定を実現するための制度的保障である。立法を整備し、権限を明確にし、税制を改革し、税負担を安定させ、予算を透明化し、効率を高め、近代的財政制度を確立し、中央と地方双方の積極性を発揮させなければならない。 ◇予算管理制度を改善する。   全面的で規範化された、公開され透明な予算制度を実施する。予算審査の重点を収支バランスと赤字規模から、支出予算と政策誘導へ広げる。財政収支の伸びやGDPと連動する重点支出項目を整理、規範化し、一般的には連動方式をとらないようにする。年度を越えた予算の均衡メカニズムを確立し、発生主義に基づく政府総合財務報告制度をつくり、中央と地方政府の規範化された、合理的な債務管理とリスク警戒のメカニズムをつくる。   一般性移転支出増加のメカニズムをより完全にし、旧革命根拠地、少数民族地域、辺境地域、貧困地域への移転支出を重点的に増やす。中央が支出増につながる政策を打ち出したことによる地方の財源不足は、原則として一般性移転支出で調節する。専項移転支出項目を整理、統合、規範化し、競争的分野の専項移転支出と地方の負担金を徐々に廃止する。政策誘導、救済、緊急対応に関する専項移転支出を厳しく抑制し、存続させる専項移転支出も選別をし、地方の問題に属するものは一般性移転支出に組み入れる。 ◇租税制度を整備する。   租税制度改革を深化させ、地方税の制度を整備し、直接税の割合を徐々に高める。増値税の改革を進め、税率を適度に簡略化する。消費税の課税範囲、段階、税率を見直し、エネルギー消費が多く、環境汚染のひどい製品や一部の高級消費財を課税範囲に組み入れる。総合課税と分離課税を合わせた個人所得税制を徐々に確立する。不動産税立法を加速するとともに適時に改革を進め、資源税の改革を急ぎ、環境保護費の租税化を推進する。   統一的税制、公平な税負担、公平な競争促進の原則に従って、税制優遇、特に地域的税制優遇政策の規範化された管理を強化する。税制優遇政策を専門の租税法律・法規で統一的に規定し、税制優遇政策を整理し、規範化する。国税、地方税の徴集管理体制をより完全にする。 ◇権限と支出責任が対応した制度を構築する。   中央の権限と支出責任制度を適度に強化し、国防、外交、国家安全保障および全国的統一市場のルールと管理に関わるものなどは、中央の権限とする。一部の社会保障、複数地域に跨がる大型プロジェクトの建設・保守などは中央と地方の共同権限とし、権限関係を徐々に正常化する。地域的公共サービスは地方の権限とする。中央と地方は権限に従って、相応の支出責任を負担または分担する。中央は移転支出を計上することによって、一部の権限の支出責任を地方に引き受けさせることができる。複数の地域に跨がり、しかも他の地域への影響が大きい公共サービスについては、中央は移転支出を通じて、地方の権限の支出責任を部分的に引き受ける。   中央と地方の既存の財源分配構造の全体的安定を維持しながら、税制改革に合わせ、税目の属性を考慮して、中央と地方の税収区分を一段と正常化する。 【注】決定は16章60条からなる。「予算管理制度を改善する」「租税制度を整備する」「権限と支出責任が対応した制度をつくる」はそれぞれ第17条、第18条、第19条に当たる。 (出所)「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」(第5章)、中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議で採択、2013年11月12日 (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
中央政府と地方政府間の財政関係を調整していくためには、両者の間の収入と支出責任の見直しに加え、財政移転制度の改善が欠かせない。中央政府から地方政府への財政移転は「一般性移転支出」、「専項移転支出」からなっている。一般性移転支出は、資金の用途が地方政府に委ねられることや、「標準支出」「標準収入」といった算出方式を用いる点で日本の地方交付税交付金と類似している。専項移転支出はインフラ整備や、社会保障、農業、教育といった分野への使途特定の移転である。
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2014-11-23 12:15