本格化する地方政府性債務問題への政策対応(2)=関志雄
― 目玉となる地方債発行の解禁 ―
中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄
● 本格化する地方政府性債務問題への対策
深刻化しつつある地方政府を中心とする政府性債務問題の基本的な解決を目指すべく、指導部は2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)において、「中央と地方政府の規範化された、合理的な債務管理とリスク警戒のメカニズムをつくる」必要性を訴えた(「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」、2013年11月12日)。
これを受けて、2014年3月の全国人民代表大会(全人代)における「政府活動報告」も「規範に則った地方政府の借入による資金調達の仕組みを構築し、地方政府債務を予算管理の対象とし、政府総合財務報告制度を実施し、債務のリスクを防ぎ、解消する」ことを政策の優先課題として挙げている。また、同年6月30日、中央政治局会議で審議・通過した「財税体制改革を深める全体方案」では地方政府性債務の監督管理に関する基本方針が盛り込まれた。さらに、同年8月31日、全人代常務委員会で審議・通過した「予算法」修正案には、地方政府の規範化された借入を認める規定が追加された。そして、国務院が2014年9月21日に決定(10月2日に公布)した「地方政府性債務管理に関する意見」(以下では「意見」)では、地方政府が「これから如何に借りるか」、「債務を如何に管理するか」、「債務を如何に返済するか」、「既存債務を如何に処理するか」に関する方針が体系的に打ち出されている。
まず、地方政府が「これから如何に借りるか」については、「意見」では、改正された予算法に従い、地方政府が法に基づき適度に借り入れることを認めると明記している。これにより、地方政府による一定範囲内の債券の自主発行が可能になった。地方政府の資金調達を確実に規範するために、「意見」は「借入主体の明確化」、「借入方式の規範化」、「借入の規模と借入のプロセスの厳格化」について次の対策を提示している。
「借入主体の明確化」については、省、自治区、直轄市の政府は国務院の許可を受ければ一定の範囲内で借金できる。市、県の場合、資金調達は、管轄する省、自治区、直轄市政府が代行する。地方政府の資金調達は政府とその関連部門のみが認められ、企業や事業単位などを経由してはならない。
その一環として、政府の財源を調達するという機能を融資プラットフォーム会社から切り離さなければならない。その具体的な進め方は、プロジェクトの性質によって、次の3つに分けられる(財政部弁公室「財政部責任者が地方政府性債務管理に関する問題について記者の質問に答える」、2014年10月8日)。まず、商業不動産開発などに関する経営型プロジェクトについては、政府と切り離し、完全な市場化を図る。債務も一般企業債務に変更する。また、水道や、ガス、ごみ処理など、民間資本の参入しやすい公益性プロジェクトについては、積極的に官民パートナーシップを推進する【BOX】。プロジェクト会社は市場化原則に基づき、資金を調達し、また返済する。政府は、事前の約束に則って特許経営権の付与や、財政手当の付与、合理的価格設定などの責任を果たすが、返済責任を負わない。さらに、民間資本の参入が難しい公益性プロジェクトの場合、政府が債券を発行し資金調達を行う。
「借入方式の規範化」については、地方政府の借入は政府債券の発行という形をとる。収益性のない公益事業のための借入は一般債務とみなし、一般債券を発行する。これは、主に、一般公共予算の収入で償還する。一定の収益のある公益事業のための借入は専項債務とみなし、専項債券を発行し、関連する政府性基金もしくは専項収入で返済する。同時に、官民パートナーシップを積極的に普及させ、民間資本に対し、公益性プロジェクトへの参加を誘致し、合理的なリターンを与える。
「借入の規模と借入のプロセスの厳格化」については、地方政府は国務院の許可範囲内、地域限度額内で起債することができるが、個別の案件については、該当レベルの人民代表大会もしくはその常務委員会の承認が必要である。
次に、「債務を如何に管理するか」については、借入規模の制限、借入資金の使途の限定、予算管理の厳格化が焦点となる。まず、借入規模の制限については、各地方政府は、国務院が決め、全国人民代表大会もしくはその常務委員会が批准した一般債務と専項債務の限度額を守らなければならない。また、借入資金の使途は、公益性の高いプロジェクトへの投資と既存債務への返済に限られ、経常支出の財源として使ってはならない。さらに、予算管理の厳格化については、将来の財政収入によって返済される債務を予算管理の対象とする。
そして、「債務を如何に返済するか」については、一部の地方では債務の返済責任が不明確で、借入主体の返済意識が弱いなど、返済メカニズムが不健全であることに対して、地方政府の返済行為を律するメカニズムを構築する方針である。具体的に、まず、債務返済責任を明確化する。融資プラットフォーム会社などの借入主体が破綻しても政府が救済しないこと(予算制約のハード化)を通じて、モラルハザードの発生を防止する。政府債務と企業債務の基準を明確化し、借入主体が自ら返済責任とリスクを負わなければならないこととする。また、リスク警戒システムを構築する。債務状況に基づいてリスクの高い地域のリストを作り、対象となった地域は、債務の返済に注力し、リスクを抑えなければならない。さらに、地方政府は債務返済できない場合に備えて、応急対策計画を策定し、責任追及メカニズムを構築する。
最後に、「既存債務を如何に処理するか」については、債務を整理・選別したうえ、地方政府及び関連部門の債務と企業・事業単位の債務の内、政府が返済すべき部分は、予算管理の対象とする。企業・事業単位の債務の内、政府が返済すべきでない部分については、市場のルールに従って処理するというものである。また、建設中のプロジェクトの継続資金を確保すると同時に、リスクも確実に防がなければならない。
今回の「意見」に盛り込まれている多くの方針の中で、地方政府による債券の自主発行が認められるようになったことは、最大の目玉となっている。
中国では、長い間、地方政府による債券の発行は原則として禁じられていたが、リーマン・ショックを受けた2009年に、4兆元に上る内需刺激策の財源を賄うために、2000億元に上る財政部による地方債の代理発行が承認・実施された。また、2011年に経済発展が比較的に進んでいる上海市、浙江省、広東省、深圳市に対し、自主発行の試行が認められるようになり、2013年には江蘇省と山東省、2014年には北京市、青島市、寧夏回族自治区、江西省も、試行対象地域に加えられた。自主発行を認めるという方針が明確になったことで、今後、各地域の地方債の発行枠、ひいては発行額が大幅に増えるものと予想される。
地方政府による債券の自主発行のメリットとして、次の三つが期待される。
まず、政府の信用をバックに、資金調達コストを抑えることができる。実際、試行を実施している各地域では、地方債の発行金利は、流通市場における国債の金利との乖離が極めて小さく、これまでの融資プラットフォーム会社による企業債の発行金利を大幅に下回っている。
また、地方政府の債務の明確化・透明化と、中央政府による地方政府の債務リスクに対するコントロールの強化に役立つ。「正門を開き、裏門を閉める」ことで、各地方人民代表大会による地方政府への財政面での監督も容易になる。
さらに、インフラ投資のコストを負担する世代とその便益を享受する世代の間の不公平性の是正に役に立つ。地方政府はインフラ建設の担い手である。インフラの大きな特徴の一つは寿命が長く、現世代の資金で建てたものが次世代も利用できることである。この世代間の不公平問題を克服するために、地方債の発行を通じて現世代から建設のための資金を調達し、次の世代も債務の返済を通じてその費用の一部を負担してもらうことは有効である。
● 残された課題
このように、今回の「意見」が発表されたことをきっかけに、中国は地方政府の債務リスクの解消に向けて、大きな一歩を踏み出した。しかし、確実に成果を上げていくためには、次のハードルを乗り越えなければならない。
まず、地方政府が借金をしなくて済むように、税収が中央政府に傾斜しているこれまでの税制を改め、中央政府から地方政府への財政移転を増やしながら、税目の区分を調整することを通じて、両者の間の税収の配分比率を抜本的に見直さなければならない。
第二に、融資プラットフォーム会社の再編に当たり、各政府部門間の利益が必ずしも一致せず、抵抗が予想される。改革が骨抜きにされないかが懸念される。
第三に、今後、地方政府が返済すべき債務は予算管理の対象となるが、その監督責任を任せられた地方の人民代表大会が、人材などの面も含め、十分な能力を持っているかは疑問である。
第四に、今後、発行される地方債は、市場原理の下で消化されることが望ましいが、その大半が政府の意思に従う国有銀行によって購入・保有されることになれば、地方政府が抱えるモラルハザードの問題は解消されないだろう。
「意見」で述べられている方針を貫くためには、対症療法にとどまらずに、より広い視点から、関連問題の解決をも視野に入れたさらなる制度改革を進めなければならない。
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【BOX】 本格化する民間資本による公共事業への参入 ― 突破口となる官民パートナーシップの活用 ―
2014年10月24日に開催された国務院常務会議では、次のような重点分野における民間資本による投資の拡大を目指すことが決定された。
① 水力発電、原子力発電事業、地域の枠を越えた送電施設、地域の主要幹線送電網、分散型電源の送電網接続、電気自動車充電施設の建設に民間資本を一層導入する。
② 基礎的電気通信企業による民間戦略投資家誘致を支持し、民間資本によるブロードバンド接続ネットワーク建設・運営への投資、衛星ナビゲーション地上応用システムなど国家による民用空間施設の建設、商業リモートセンシング衛星の開発、打ち上げ、運営への参入を導く。
③ 民間資本を誘致する鉄道事業の実施を急ぎ、民間資本の港湾、河川水運施設およびハブ空港、幹線・支線空港建設への参入、都市部熱・水供給、汚水・ごみ処理、公共交通への投資を奨励する。都市インフラ施設の運営管理を民間資本に委託する。
④ 農民協同組合、家族農場などのエコ投資事業を支持する。民間資本による農業、水利施設投資を奨励し、国有、集団企業の投資と同じ優遇政策を享受できるようにする。環境汚染対策を第三者に委託し、環境監視業務を民間に委託する。
⑤ 支援政策を実行し、民間資本を教育、医療、高齢者ケア、スポーツ・フィットネス、文化施設などに誘致する。
その中には、多くの公共事業が含まれており、その実施に当たり、官民パートナーシップ(Public-Private Partnership, PPP)の活用が奨励されている。ここでいう官民パートナーシップとは、政府と民間がノウハウや資金を出し合って公共サービスを提供する仕組みのことである。その代表的なものとして、BTO(Build-Transfer-Operate:民間事業者が施設を建設、政府に所有権を移転した後、事業期間終了まで運営する)、BOT(Build-Operate-Transfer:民間事業者が施設を建設、所有したまま運営し、事業期間終了後に政府に所有権を移転する)など、民間事業者が資金と運営の両面において深くかかわるPFI(Private Finance Initiative)と呼ばれる手法が挙げられる。
(執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)
(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
深刻化しつつある地方政府を中心とする政府性債務問題の基本的な解決を目指すべく、指導部は2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)において、「中央と地方政府の規範化された、合理的な債務管理とリスク警戒のメカニズムをつくる」必要性を訴えた(「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」、2013年11月12日)。
2015-01-14 10:45