NISAを使う、「Workplace NISA」という考え方

 2014年1月からスタートした「少額投資非課税制度(NISA)」は、日本で定着するのだろうか? フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏(写真)は、「せっかくスタートした非課税口座。そこにある口座を活用しないともったいない」と語り、資産形成を始めるきっかけとして考えたいという。そして、長期の資産形成ツールとして確定拠出年金(DC、日本では日本版401kとも呼ばれる)とNISAを一体的に考える「Workplace NISA」という考え方を提唱している。 ――今年からスタートしたNISAについて、「Workplace NISA」という概念を持つことを提案なさっていますが、その意図は?  NISAは、もともと1999年4月に英国で導入された「ISA(Individual Savings Account)」をモデルにしてつくられた制度です。その母国ともいえる英国で、最近話題になっていることに、「Workplace ISA」という考え方があります。日本語に訳すと「職域ISA」となるのでしょうが、その意図しているところは、企業年金であるDCとISAを一つの口座のように使って、非課税メリットを生かした資産形成のツールとして使っていこうというものです。  英国では2011年ごろから議論が始まっているのですが、それは、英国において年金の年間税制優遇枠を年間25.5万ポンド(約4300万円)から5万ポンド(850万円)に引き下げた制度改定がきっかけでした。富裕層を中心に、税制優遇限度額が引き下げられるデメリットを、何か他の方法で補てんできないかというニーズが高まり、「もう一つの非課税口座」であるISA口座と一体管理することで、年金の年間優遇枠の減額に対応しようとしたのです。  具体的には、従業員が持つDCなどの年金口座と、ISA口座を一元的に管理できるツールを提供することで、個人の資産形成をトータルでサポートしようとすることが、すでに一部の企業で始まっています。  英国と比較すると、日本のDCの拠出限度額は他の企業年金がない場合月額5万1000円であることと比較すると、英国の限度額の大きさが注目されます。日本では、退職後の備えであるDCの拠出限度額が小さい分、なおのこと、非課税メリットについて、アグレッシブに活用する考え方が必要なのではないかと考えました。  NISAについては、1年間の限度額が100万円であるため、資産形成の手段としては不十分だという議論があります。しかし、20歳以上なら誰でも作れること、5年間の累計で500万円。夫婦合わせれば1000万円の枠になります。ここに加えてDCを一体的に考えれば、老後の資産形成のツールとして、まとまった資金を用意できるのではないでしょうか。「Workplace ISA」とは英国での議論ですが、むしろ、年金の非課税メリットの限度額が小さな日本でこそ、積極的に議論される必要があると思っています。 ――「Workplace NISA」を考える上で、障害は?  実務的に考えていくと、障害はたくさんあります。たとえば、企業側に従業員のNISA口座を一元化し、「給与天引きNISA」のような制度を設けようとすると、口座移管の問題が出てきます。口座移管ができなければ、DCとNISAの有効活用が難しくなります。さらに、NISAは拠出期間が10年で切れる制度なので、恒久的な制度にならないと、「Workplace NISA」は議論している間に期限が切れてしまい、絵に描いた餅になってしまいます。  また、DCの場合は、制度運営や情報提供の点で運営管理機関が大きな役割を担っていますが、企業側がDCとNISAを一体的に管理する制度を従業員に用意しようとした時に、運営管理機関との調整も行わなければなりません。また、そもそも日本においては、DCへの関心そのものが低い、資産運用や投資について消極的に考える方が多いということもあります。企業が「Workplace NISA」を検討しても、肝心の従業員が関心を示さないということも考えられます。  「Workplace NISA」については、クリアすべき課題はたくさんあります。ただ、せっかくNISAという口座が誕生したのですから、その制度を有効に活用することを考え、日本にある「もう一つの非課税口座」であるDCを意識するようにすると、NISAに取り組む姿勢も変わってくると思います。 ――日本では長らく「貯蓄から投資へ」ということが言われてきましたが、未だに個人金融資産の過半を現預金が占めるという状況が続いています。「NISA」への期待、また、「NISA」を活用する方々へのアドバイスをお聞かせください。  当社で行う1万人アンケートの結果では、20代-30代という若い世代でも30%程度は「投資をしている」という回答をいただきます。ただ、同じ方々に「老後のための資産運用をしていますか?」と問うと、「している」と回答する方は10%程度に減ってしまいます。投資についての関心は、以前と比べると高まっていると思いますが、「何のために投資をするのか?」ということについて、改めて考える必要があると思います。NISAの定着には、若い方々がどれだけ口座を活用するかにかかっていると思っています。  また、NISAについては、それを扱う金融機関の担当者から「NISAのための商品です」という勧誘の言葉が出てきますが、「NISAのため」の商品を購入するのではなく、「自分のため」の商品を購入するようにしてください。投資する目的をしっかり持てば、「NISAで何に投資するか?」ということも、自ずとはっきりします。「老後の備え」「住宅取得の頭金にしたい」など、具体的な投資目的を相談するようにすれば、金融機関の方々も、そのような目的にふさわしい商品を案内してくれると思います。  現在、NISAの制度改定の議論がありますが、10年間と限定されている期間が恒久化されることが、第一に必要なことだと思います。非課税期間の延長または恒久化、限度額の引き上げ、損益通算、商品間スイッチングなど、改定要望は尽きませんが、まずは、NISAが永続する制度であるということが確認できれば、「Workplace NISA」など、次の議論につながります。英国も当初は10年で打ち切られる制度だったものが、今では永続的な制度として定着しています。  最後に、みなさん「資産形成する」ということになると、節約して生活費を切り詰め、余ったお金を蓄えていくと考えがちです。「収入-支出=貯蓄」という考えが多いのですが、実際には支出を切り詰めるような貯蓄は長続きしません。ぜひ、「収入-貯蓄(投資資金)=支出」という考え方を実践してください。毎月の収入から、一定額を投資に回し、残ったお金で生活するという習慣がつけば、気が付いた時に、意外と大きな資産が残っているものです。NISA口座も、そのような資産形成を始めるきっかけとして多くの方々に積極的に利用していただきたいと思います。(編集担当:徳永浩)
フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏(写真)は、少額投資非課税制度(NISA)について、「せっかくスタートした非課税口座。そこにある口座を活用しないともったいない」と語り、資産形成を始めるきっかけとして考えたいという。(サーチナ撮影)
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2014-01-23 16:00