日本製品の「過剰な品質」・・・神格化する必要はない=中国メディア

中国メディア・時代週刊は3日、日本の「過剰な品質」とその技術力を神格化する必要はないとする評論記事を掲載した。
記事は中国の技術力と日本の技術力との差に「民族性」、や文化的な差異が存在するといった意見に異論を唱え、「明治期に日本に滞在した外国人の記録を見ると、日本人は怠惰かつ散漫、規律がないといった記述が大量に見られる」とした。そして、戦後に日本が高い技術力を身に着けたのは企業と銀行が株式を持ち合う金融体制や、企業間の協力、年功序列など制度的な理由によるものであり、このような制度でもたらされた「安定的な生産条件において、良質な製品が生産されるようになり、さらには日本人の妥協を許さないという品格を作り上げた」と解説した。
そのうえで「しかし、われわれは日本の技術を神話化する必要もなければ、日本やその他の製造業大国の生産プロセスや組織制度を盲目的に移植することも不可能」とし、改革開放後の中国は労働力の流動が激しいため、日本のような企業制度の構築は不可能であり、「匠」が育って生きていくには不適当であると論じた。
また、日本の製造業は衰退の方向に進んでおり、その発端になったのは現在の日本製品の「過剰な品質」であるという、ある研究者の見解を紹介。リズムの速い現代生活では製品のライフサイクルも短く、高品質商品よりも品質はやや劣るが廉価な商品のほうが割に合うとした。
さらに、情報技術の発展に伴い、現代の製造業は技術共有の時代に入ったという学者の意見も取り上げ、「新しい技術革新はすぐに模倣される。技術的な差は徐々に消えていく傾向にある。デジタル時代は高速伝播、高速コピーの時代であり、『匠』の時代はすでに遠いものとなったのかもしれない」と論じた。
記事は、中国製造業が飛躍するネックとなっているのは「制度」であると指摘。「創造的な破壊」が革新的な生産技術を生むとする経済学者の言葉を引用したうえで、「中国において包摂性のある制度を構築できなければ、既存技術のパクリだけで終わってしまう」とし、「便座や炊飯器の技術はどこが強いなどと言ったことを論じるよりも、技術革新にはどのような制度的環境が必要なのかを考えるほうがよい」と締めくくった。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)
中国メディア・時代週刊は3日、日本の「品質過剰」な技術力を神格化する必要はないとする評論記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)
china,japan,economic,technology
2015-02-06 10:45