イノベーションによる成長を目指す中国―担い手となる民営企業(1)=関志雄

中国経済新論「実事求是」-関志雄   中国は、1970年代末に改革開放に転換してから、豊富な労働力を反映した低賃金を梃に、急速な発展を遂げ、「世界の工場」となった。しかし、ここに来て労働力不足が顕著になるにつれて、中国は低コストという優位性を失いつつあり、高成長を維持していくために、イノベーションに頼らざるを得なくなってきた。これまで、イノベーションは政府主導で行われてきたが、市場経済化が進むにつれて、IT産業を中心に一部の民営企業もその担い手として浮上している。これを背景に、成長のエンジンは労働力などの生産要素の投入量の拡大から、イノベーションによる生産性の上昇に移りつつある。   中国でいうイノベーション(中国語では「創新」)には、①独創的イノベーション(基礎的または中核的技術の発明とその応用)、②技術統合によるイノベーション(既存の技術を有機的に組み合わせて、新しい製品や管理方式を生み出すこと)、③導入・消化・吸収・改良が含まれている【注1】。これまで、中国では、イノベーションは、②と③を中心に行われており、①は今後の課題として残っている。また、技術革新だけでなく、製品、サービス、組織、ビジネスモデル、デザインの革新も、広い意味においてイノベーションの一部と見なされている。 ● イノベーションの有利な条件と阻害要因   中国は、イノベーションを推進するに当たり、有利な条件に恵まれている一方で、乗り越えなければならない阻害要因も多い。   開放型の後発国であり、また大国であることが、中国にとって、イノベーションを推進する際の有利な条件となっている。   まず、中国は、先進国と比べて発展段階において遅れており、後発の優位性が依然として大きく残っている。このことは、単に技術進歩の余地が大きいことだけでなく、技術を獲得するために、自らコストをかけ、リスクを負って研究開発に取り組まなくても、海外から安く導入できることを意味する。   また、中国は対外開放を積極的に進めており、主に次のルートを通じて海外の技術を導入し、吸収している。 ①技術を体化した資本財の輸入 ②リバース・エンジニアリング(機械を分解したり、製品の動作を観察したり、ソフトウェアの動作を解析するなどして、製品の構造を分析し、そこから製造方法や動作原理、設計図、ソースコードなどを調査すること) ③外資企業による直接投資 ④ライセンシング(特許権者が特許発明を実施する権利を第三者へ供与することにより、その対価を得ること) ⑤OEM(発注元企業のブランドで販売される製品を製造すること) ⑥企業間の労働者の移動 ⑦海外での研究開発   中でも、外資企業による直接投資が果たしてきた役割が大きいと見られる。   さらに、中国は人口が多い上、高成長が三十数年にわたって続いているため、市場としての魅力が増している。これを背景に、中国は外資企業からの投資を受け入れる際に、強い交渉力を持つようになり、「国内市場と海外の技術との交換」という産業政策を採ることが可能になった。実際、中国では自動車をはじめ、一部の付加価値の高い製品に対して、高い輸入関税が設けられる一方で、現地生産・現地販売を奨励している。多くの外資企業は、高い関税を避けるために、海外から中国へ輸出する代わりに、直接投資という形で中国市場にアクセスせざるを得ない。   最後に、教育制度の充実化、中でも大学教育の普及により、イノベーションに必要な大量の科学技術関連人材が育成されている。その上、近年、海外で学んで、高い技術を身につけた留学生の中で、中国に戻ってくる人が増えている。豊富かつ優秀な技術者は、中国におけるイノベーションの源泉であると言える。   一方、市場経済が未熟であることが、中国においてイノベーションを阻害する要因となっている。   まず、知的財産権の保護が依然として不十分である。特許、著作権などを保護する知的財産権制度は、独占権と利用可能性を両立させることによって、イノベーションを促進する。しかし、中国では、関連法律の整備は進んでいるが、海賊版や模倣品が横行することに象徴されるように、これらの法律は必ずしも徹底されていない。このことは、外資企業の対中投資、ひいては技術移転を妨げる要因となっている。      第二に、中国の国有企業は、人材や資金力などの面において恵まれているのに、イノベーションにおいてこれらの優位性を十分に発揮できていない。彼らは国内の市場を独占しており、競争圧力にさらされていないゆえに、中小企業、民営企業と比べて、研究開発の効率が低い。   第三に、中国のイノベーション企業とハイテク企業を支援するベンチャーキャピタル業界は、資金も経験も不足している。深圳証券取引所に創業ボードがあるが、規模が小さいため、ベンチャーキャピタルが投資資金を回収するチャンネルとして果たせる役割は限定的である。このことは、ベンチャーキャピタル、ひいてはイノベーションの担い手として期待される新興企業の成長を妨げている。   最後に、新制度派経済学の創始者で1991年にノベール経済学賞を受賞したシカゴ大学のロナルド・コース教授が指摘しているように、「中国は市場転換によって財・サービス市場が急速に発展し、製造業で国際市場の主要国になれた一方で、活発なアイデア市場をまだ生み出せてはいない。それどころか、教育制度からメディアまで、アイデアを創り出し、広め、消費する全プロセスは、厳しい思想統制と国家の監視下に置かれてきた」。これにより、「アイデアを生み出すことを著しく抑制してしまった」のである【注2】。   これらの有利な条件を生かし、阻害要因を除去することは、イノベーションを促進するカギとなる。 【注1】国務院が2006年2月に発表した「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006-2020年)」において、独創的イノベーション、技術統合によるイノベーション、導入・消化・吸収・改良は、自主イノベーションを構成する三つの要素として挙げられている。 【注2】Coase, Ronald and Ning Wang, How China Became Capitalist, Palgrave Macmillan, 2012(邦訳:ロナルド・コース、王寧著、栗原百代翻訳『中国共産党と資本主義』、日経BP社、2013年)。 (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
中国は、1970年代末に改革開放に転換してから、豊富な労働力を反映した低賃金を梃に、急速な発展を遂げ、「世界の工場」となった。しかし、ここに来て労働力不足が顕著になるにつれて、中国は低コストという優位性を失いつつあり、高成長を維持していくために、イノベーションに頼らざるを得なくなってきた。
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2015-02-06 16:00