イノベーションによる成長を目指す中国―担い手となる民営企業(2)=関志雄
中国経済新論「実事求是」-関志雄
● 習近平政権が推し進める「イノベーションによる発展戦略」
中国では、科学技術の現代化は、工業、農業、国防の現代化とともに、改革開放の目標である「四つの現代化」の一つに位置づけられ、その実現に向けて、政府は一貫してイノベーションを積極的に支援してきた。
特に、イノベーション型国家の実現を目指して、国務院は2006年2月に「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006-2020年)を発表した。その中で、2020年までにR&D投資の対GDP比率を2.5%以上にし、中国人による発明特許および科学論文引用数を世界5位以内にするなどの具体的目標を掲げ、また持続可能なイノベーションと経済社会発展のために先端技術8分野(①バイオ技術、②情報技術、③新素材技術、④先端製造技術、⑤先進エネルギー技術、⑥海洋技術、⑦レーザー技術、⑧航空宇宙技術)を重点的に支援することを決めた。続いて2008年6月に「国家知的財産権戦略綱要」を公布し、知的財産権の創造・活用・保護・管理の能力を向上させる目標を掲げた。
2012年11月に行われた中国共産党第18回全国代表大会(党大会)において、「科学技術のイノベーションは社会的生産力と総合国力を高める戦略的な支え」と位置づけられた。「イノベーションによる発展戦略」の推進は、第18回党大会を経て誕生した習近平政権に引き継がれており、特に、次の五つの任務が強調されるようになった(習近平、「イノベーションによる発展戦略の実施」、中国共産党中央政治局の第9回集団学習会での講話、2013年9月30日)。
まず、政府と市場の役割分担をうまく調整する。市場が真にイノベーションのための資源を配分する力となるようにし、企業が真にイノベーションの主体となるようにする。政府は国の経済と民生、産業の命脈にかかわる分野で積極的な役割を果たし、支援と調整を強化し、技術の方向と路線を総合的に確定し、国の重要な科学技術研究やプロジェクトなどに力を集中して頂点を目指す。
第二に、自主イノベーション能力を大幅に高め、コア技術の習得に努める。当面の急務はインセンティブの仕組みを整え、政策環境を整備することである。イノベーションが産業の発展に役立つよう導き、そのための資金を用意する。科学技術成果の移転・拡散を制約する障害を排除し、国全体のイノベーション能力を高める。
第三に、人材開発の仕組みの整備に力を入れる。人材を生かし、より柔軟な人材管理の仕組みを確立し、人材の移動、起用、役割発揮の体制・仕組み上の障害をなくし、技術者によるイノベーションと起業を最大限に支持、支援する。教育改革を深め、教育方法を刷新し、人材育成の環境を整える。海外の優秀な人材を積極的に招致するために、より積極的な国際人材招致計画を定め、より多くの海外の人材を呼び込む。
第四に、良好な政策環境を築くことに力を入れる。政府の科学技術に対する資金投入を増やし、企業や社会が研究開発に対する資金投入を増やすように導き、知的財産権の保護を強化し、企業のイノベーションを促す租税政策を整え、科学技術型企業に対する資本市場からの支援を強化する。
最後に、科学技術の開放と協力の拡大に力を入れる。国際交流と協力を深め、世界のイノベーションのための資源を十分利用しながら自主イノベーションを推進する。世界の科学技術界と手を携えて努力し、世界共通の挑戦に対応するためしかるべき貢献をする。
● 高まる中国におけるイノベーションへの評価
長い間、中国は技術の大半を海外からの輸入に頼っており、イノベーションとは無縁であると思われていた。しかし、2012年以降の中国の特許の出願件数が世界一となっていることに象徴されるように、このような状況は大きく変わってきている【注3】。一部ハイテク産業と企業の躍進も加わり、中国におけるイノベーションに対する国際的評価は急速に高まってきている。
まず、国全体のレベルでは、米コーネル大学、仏INSEAD、WIPOが共同で発表した「グローバル・イノベーション・インデックス2014」によると、中国は、対象となる143カ国・地域の中で第29位となっている【注4】。中国より高い順位にあるすべての国(スイス第1位、イギリス第2位、スウェーデン第3位、米国第6位、ドイツ第13位、日本第21位、フランス第22位など)は、一人当たりGDPが中国を上回っている。その一方で、中国の順位は、他の新興国(ロシア第49位、南アフリカ第53位、ブラジル第61位、インド第76位)を大きくリードしている。
次に、産業のレベルでは、米フォーブス誌(電子版)は、中国が世界をリードしている産業として、次の八つの産業を挙げている【注5】。
①マイクロペイメント(少額決済サービス)。中国のIT企業はゲームやウェブサービスを無償で提供する一方で、ゲームアクセサリを販売し、少額の収益を稼いでいる。多くの企業はこのビジネスモデルによって、海賊版が横行する中でも利益を上げている。
②電子商取引。中国の電子商取引は、シンプルでカバー範囲が広い。電子商取引はすでに中国の伝統的な小売業を超越しており、実店舗の代わりに商品を農村部に届けている。
③宅配。全体的に見て、中国の宅配サービスはスピーディーで、コストも割安である。
④オンライン投資商品。アリババが運営している「余額宝」は、顧客にオンラインの投資プラットフォームを提供し、世界トップクラスのマネー・マーケット・ファンド(MMF)になっている。
⑤格安スマホ。多くの中国人にとって、スマホは唯一のネット接続方法である。アップルやサムスンが中国で好評を博しているが、多くの人はより安い国内ブランドに転向している。
⑥高速鉄道。中国の高速鉄道網の総延長は、世界の半分を占めており、社会の変革の力にもなっている。
⑦水力発電。中国は現在、発電規模で世界トップ25位内の水力発電所のうち、11基を保有している。
⑧DNAシーケンス。全ゲノム配列の解析にかかる費用は、2003年の300万ドルから数千ドルに低下した。これは主に、中国の華大遺伝子研究院(BGI)の貢献によるものである。同研究院は現在、世界のDNAシーケンス能力の半数を占めているという。
そして、企業のレベルでは、ボストン・コンサルティング・グループが、1500名の経営幹部より回答を得た調査の結果などを基にまとめた2014年の「イノベーション企業ランキング・トップ50」において、中国のレノボ(第23位)、小米科技(第35位)、テンセント(第47位)、華為技術(第50位)の4社がランクインしている(表1)【注6】。また、華為技術は、2014年に、トムソン・ロイターが2011年から毎年発表している、独創的な発明のアイデアを知的財産権によって保護し、事業化を成功させることで、世界のビジネスをリードする「トップ100グローバル・イノベーター」にも、中国企業として初めてランクインしている【注7】【BOX】。
表1:2014年イノベーション企業ランキング・トップ50(図入りサイト参照)
イノベーションへの取り組みを基準に選ばれたこれらの企業は、すべて民営企業である。これは、売上を基準とする米経済誌『Fortune』の「Global 500」にランクされている中国企業(2014年には、台湾と香港を除くと91社)の大半が国有企業であることとは対照的である【注8】。イノベーションが企業の成長のカギであることを考えれば、民営企業が国有企業にとって代わって中国経済の主役になる日はもはやそう遠くない。
【注3】 World Intellectual Property Organization (WIPO), "World Intellectual Property Indicators," 2013 and 2014 Editions.
【注4】Cornell University, The European Institute for Business Administration (INSEAD), and World Intellectual Property Organization (WIPO), "The Global Innovation Index 2014: The Human Factor in Innovation," July 18, 2014. 同調査は、①「制度」、②人的資本および研究、③インフラストラクチャ、④市場の洗練度、⑤ビジネスの洗練度(以上は「イノベーションへのインプット」)のレベルと、⑥知識と技術の生産と⑦創造的な生産(合わせて「イノベーションのアウトプット」)のレベルという七つの項目を構成する81の指標を総合した指数を算出し、それをベースに国際比較を行った全面的かつ本格的なものである。
【注5】 Swanson, Ana, "Eight Innovative Industries China Does Better than Anywhere Else," Forbes.com, November 30, 2014.
【注6】 同調査では、日本企業として、トヨタ自動車(第8位)、ソニー(第10位)、ソフトバンク(第30位)、日立(第37位)、ファーストリテイリング(第41位)がランクインしている。
【注7】 Thomson Reuters, "2014 Top 100 Global Innovators," November 6, 2014.
【注8】 Fortune, "Global 500," July 7, 2014.
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【BOX】 中国を代表する革新的な企業 華為
華為技術有限公司(英語名称:Huawei Technologies Co.Ltd.)は、元解放軍の技術者である任正非氏が1987年に中国・深圳に設立した民営企業である。中国の改革開放とICT業界の急速な発展という歴史的機会を捉えて売上を伸ばし、2013年に営業収入は390億ドルに達し、エリクソンを超え世界最大の通信機器のサプライヤーとなった。華為は、『Fortune』が発表している2014年の「Global 500」で、第285位にランクされている。グローバル経営戦略が功を奏し、通信ネットワーク設備、IT設備・ソリューション及び携帯情報端末がすでに世界170カ国と地域で利用され、世界トップ通信事業者50社のうち45社にサービスを提供している。
華為はイノベーションへの取り組みにおいて業界のリーダー格である。2013年に、華為の国際特許の出願件数はパナソニックと中国の中興通訊(ZTE)に次いで世界第3位となっている(WIPO, "US and China Drive International Patent Filing Growth in Record-Setting Year,"March 13, 2014)。
華為の胡厚崑(Ken Hu)副董事長・輪番CEOは、自社のイノベーション戦略が、次の六つの部分からなると解説している("Ken Hu," ICTs & Innovation: The View from a top PCT Filer," WIPO Magazine, No.5, September, 2013)。
①継続的で巨額な研究投資
人材面では、15万人の華為社員のうち、7万人が研究開発者である。投資面では、毎年少なくとも営業収入の10%を研究開発に投入している。2012年の研究開発費は48億ドルで、過去10年間の累計額は190億ドルを超えた。
②グローバルな研究体制
研究開発は中国に集中しておらず、経済と市場のグローバル化を背景に、海外でも積極的に投資を行い、国境を越えた資源の有効な配置を目指している。現在、華為はドイツ、スウェーデン、アメリカ、インド、ロシア、日本、カナダ、トルコ、中国などで16の研究所を設立し、世界の叡智を活用している。
③基礎研究
応用と商品開発にかかわるイノベーションだけでなく、基礎研究にも力を入れている。
④広範囲にわたる協力パートナー
研究開発における協力のパートナーには、インテル、IBMのような企業だけでなく、各国の国家レベル、地方レベルの政府機関も含まれている。
⑤クライアントとの協力
クライアントとの関係を重視し、現在、各国でクライアントと28の共同イノベーションセンターを設立している。
⑥知的財産権の尊重と保護
他社の知的財産権を尊重すると同時に、クロスライセンスや有償の形で他社の知的財産権の使用権を取得し、自社のイノベーションを加速させている。一方、法的手段を用いて、自社の知的財産権をしっかりと守っており、これまで中国国内で4万件以上、海外では3万件以上の特許を出願している。
(執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
中国では、科学技術の現代化は、工業、農業、国防の現代化とともに、改革開放の目標である「四つの現代化」の一つに位置づけられ、その実現に向けて、政府は一貫してイノベーションを積極的に支援してきた。
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2015-02-06 16:30