ウィンウィンを目指す「米中新型大国関係」(2)=関志雄

― 「トゥキディデスの罠」を回避できるか ― 中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄 ●「米中新型大国関係」の必要性   「新型大国関係」の構築は、米中両国にとって、経済摩擦の解消、世界共通の政策課題への対応、そして世界平和の維持のために必要である。   まず、米中経済の一体化が進むにつれて、摩擦も大きくなっている。中国にとって、米国は最大の輸出先と第三位の輸入先であり、米国にとっても、中国は最大の輸入先と第三位の輸出先である。米国は中国に対して恒常的に大きな貿易赤字を計上しており、貿易不均衡の是正を目指して、中国に対して、輸入市場の開放や人民元レートの弾力化を求めている。一方、中国は、米国のハイテク製品の中国への輸出に課せられている制限を緩和することを望んでいる。また、中国にとって米国は重要な投資国であり、中国の米国への投資も増えている。両国は、自国企業の利益を守るべく、参入制限や、知的財産権の保護などを巡って対立している。こうした摩擦を回避し、貿易と投資のメリットを最大限に生かすために、政府間の緊密な協調が必要である。   次に、米中両国は世界共通の政策課題に直面している。その中には、①低迷する世界経済の早期回復、②国際金融制度の改革、③環境汚染と地球の温暖化に伴う異常気象への対応、④エネルギーをはじめとする資源による成長への制約の打破、⑤食糧と水資源の確保、⑥大量破壊兵器の拡散の防止、⑦テロ、海賊、国境を越えた犯罪の取り締まりなどが含まれている。両国にとって、互いに協力し合ってこれらの分野において成果を上げることは、自国の繁栄と発展を実現する前提条件となる。   そして、歴史上、台頭する新興の大国と既存の大国が戦争を繰り広げるという「トゥキディデスの罠」に陥る事例がよく見られている【BOX参照】。現在、米中両国もこのようなリスクに晒されている。各種の中国脅威論に象徴されるように、米国が既得権益者として中国を競争相手、ひいては敵として見なす傾向が見られている。オバマ政権が軍事面を含めて「アジアへの回帰」を進めているが、中国はこれを米国による対中牽制戦略の一環として警戒している。両国は、「新型大国関係」を構築することを通じて、相手との衝突を回避しなければならない。 ● 「米中新型大国関係」の実現可能性   「米中新型大国関係」の構築に向けて、次の環境変化は有利な条件として働く。   まず、経済的相互依存が深まっており、国際協調の枠組みが強化されている。リベラリズムの考え方に従えば、これらは平和を維持するための重要な前提条件となっている。現在、米中両国は貿易や投資を通じて、経済が日増しに緊密化しており、武力によって問題を解決しようとすると、相手国だけでなく、自分が受ける打撃も大きいため、双方において、自制が強く働く。その上、両国は、国連、IMF、WTO、G20、APECなどの国際機関の主要メンバーであり、これらの場を生かして外交、経済、貿易面の摩擦を解決することができる。   また、中国がグローバル経済大国に発展するにつれて、米中の間で共通の利益が生まれ、従来、激しく対立していた次のような分野において、次第に協力の余地が広がっている。   第一に、環境対策である。中国は、長い間、環境を犠牲にしても高成長を優先させる政策を行ってきた。気候変動防止に関する国際協議の場において、協力的姿勢を見せながらも、「共通だが差異のある責任」という原則を盾に、発展途上国として、具体的なCO₂排出量の削減目標を自らに課さず、公約もしていなかった。しかし、PM2.5問題の深刻化に象徴されるように、中国における環境問題はすでに容認のできる限界に達しつつある。その上、中国は、世界一のCO₂排出国として、また世界第二位のGDP大国として、温暖化防止をはじめとする地球環境の改善という国際公共財の提供において、相応の責務を果たすことが求められている。それに応じる形で、中国は、2014年11月の米中首脳会談の成果の一つとして、2030年までにCO₂排出量の伸び率をピークアウトさせるという目標を初めて発表した。   第二に、知的財産権の保護である。中国はかつて、知的財産権に対する保護の強化を一部の先進国が中国の経済発展を抑えるために押し付けた手段だと捉えていたが、経済成長のエンジンを生産要素の投入量の拡大から、イノベーションを通じた生産性の上昇へ切り替えざるを得なくなった今、知的財産権の保護に対してより積極的になった。この傾向は、今後、中国企業が持つ特許が増えるにつれて、より鮮明になるだろう。   第三に、経済の自由化である。中国は、経済発展と世界経済・金融との一体化が進むにつれて、貿易と投資などの面における対外開放により積極的になってきており、市場の需給を反映した為替レートを望むようになった。これらの分野において、米中間協力の可能性が増えている。 ● 乗り越えなければならない課題   米中両国は、「衝突しない、対抗しない」、「相互に尊重する」、「協力してウィンウィン関係を目指す」という点において異論がないが、相手に尊重してもらいたい内容について意見が分かれているようである。   まず、中国は、既存の国内秩序の維持を中心とする核心的利益を米国に認めてもらいたい。2011年9月に国務院が発表した「中国の平和発展」白書には、中国の核心的利益として、「国の主権、国の安全、領土の保全、国の統一、中国の憲法に定められた国の政治制度、社会全体の安定、経済社会の持続可能な発展の基本的保障」を挙げている。その中には、共産党による一党体制の維持が含まれていることは言うまでもない。   一方、米国は、高まりつつある中国の経済力と軍事力が、米国が主導する国際秩序の脅威になるのではないかと懸念しており、自らの「世界のリーダーとしての地位」と「既存の国際政治経済秩序」を中国に認めてもらいたい。「米中新型大国関係」の構築を語る時、米国は常に北朝鮮とイランの核問題など、米国が重要視している安全保障の分野で協力するよう、また金融安定(米ドルの主導的地位の安定)、温暖化防止などの問題で米国の立場に配慮するよう中国に求めている。   双方の立場を考えてみると、米国が中国の基本的政治制度と国内秩序を尊重する一方で、中国が米国の世界のリーダーとしての地位と米国が主導する国際政治経済秩序を受け入れることは、「米中新型大国関係」を実現する鍵となろう。 ===================================================================== 【BOX】米中が直面している「トゥキディデスの罠」とは 「トゥキディデスの罠」とは、古代ギリシア歴史家のトゥキディデスが紀元前5世紀に勃発したアテネとスパルタの戦争を語る時に使った言葉である。アテネとスパルタの戦争は30年も続いた末に、両国とも滅びる結果となった。トゥキディデスは、「戦争を避けられなかった原因は強まるアテネの力と、それに対するスパルタの恐怖心にある」と指摘した。 現在、「トゥキディデスの罠」は、「新興の大国は必ず既存の大国へ挑戦し、既存の大国がそれに応じた結果、戦争がしばしば起こってしまう」という意味で使われている。過去1500年の間に、新興の大国が既存の大国に挑んだケースは合計15回あり、そのうち、11回は戦争が起きている。代表例はドイツの台頭である。1871年に統一されたドイツは、その後、イギリスに代わってヨーロッパの最大の経済体となったが、ドイツの侵略行動とイギリスの反撃によって、1914年と1939年の2回にわたって世界大戦が勃発したのである (Allison, Graham, "Avoiding Thucydides's Trap," Financial Times, August 22, 2012.)。 中国がトゥキディデスの罠に陥る可能性について、習近平主席は「強い国が必ず覇権を求めるという主張は中国には当てはまらない。なぜなら、長い歴史と文化を有する中国は、このような行動をとるDNAを持っていないからである。」と否定的考え方を示している (Berggruen, Nicolas and Nathan Gardels, "How The World's Most Powerful Leader Thinks," The World Post, January 21, 2014.)。 (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
 「新型大国関係」の構築は、米中両国にとって、経済摩擦の解消、世界共通の政策課題への対応、そして世界平和の維持のために必要である。
china,column
2015-03-09 12:15