中国人観光客の爆買いにみる日系企業の中国本土でのプロモーション失敗と課題

常々、中国ビジネスヘッドラインでは中国本土に於ける日系企業のプロモーション戦略のまずさや当地に於けるそれらの難しさを指摘してきた。今回、春節の日本に於ける中国人観光客の「爆買い」でそれらの指摘が間違えていなかった事が証明された。
今回、様々な報道やコラムで中国人観光客の爆買いが話題になった。その人気商品群の中で”炊飯器”。これは理解できる。
もちろん(私のビジネスの拠点のひとつである)マカオでも日系メーカーの炊飯器は売っているが、日本ほど痒いところに手が届くラインナップではない。また日本製と言うだけでやたらと高機能かつハイプライスの商品が並んでいる。その結果、欲しいと思っていても購入に躊躇してしまう。しかし日本に行けば円安も手伝ってほぼ半額で買えると思えば、「重い荷物もなんのその!」と言う訳である。
■「ウォシュレット爆買い」に見る矛盾と課題
さてその爆買いリストの中で大変に興味を持った製品がある。
ウォシュレットである。
上海に本社がある日系家電メーカーの上席スタッフがかつて私にこう言った。
「本当に売れないんですよ。使えば良いと分かっているのにそのチャンスが無いんです」――。
その後その会社は現地の方に代表の座を譲り、つい先頃、中国からの撤退を表明した。片や人件費の高騰や販売の不振からの撤退。片やその商品が中国人観光客のお土産として爆発的に売れて軒並み品切れの状態。別のアイテムではない。全くもって同一商品なのだ。
この矛盾……。もちろん今の中国元と日本円はほぼ倍近いからまず第一に「安い」と言うポイントがある。これは時の運なのか? いやいやここにも日本企業の市場に対する「見誤りと見積もりの甘さ」が潜んでいる。
次にアイテム。TVのニュースで見ると『ホテルのトイレに付いていて使ってみると便利でした。これはいいと思いました。』とコメントしている映像が沢山あった。しかも登場する人物により背後の風景も違っているから同じところで”ヤラセ”をしていた訳では無いだろう。
そして中国のトイレ事情。使った紙を流せない……という日本人や欧米人にとってはもっともストレスの溜まる懸案事項。この部分を大幅に改善するスーパーアイテムがウォシュレットである。
この「願ったり、叶ったり」の商品が、観光で日本に訪れた中国人の心とお尻を鷲掴みにし、購入へと走らせる。さて、私は中国ビジネスヘッドラインで以前、「中国の富裕層はどこにいるの? 顧客獲得に必要なたった1つのこと」という記事を書いた。これは何をターゲットに、この様なアドバイスをしたのか? (もちろんこれはプライベートタイムの時のアドバイスで仕事ではない。 「使ってみなきゃ分らない。だったらターゲットを絞って使わせてみなよ」と言うのが私の言いたい趣旨だった。
■「触れる機会」の大切さ
少し話しを変える。
ある自動車メーカー。高級GTカーのレースがある。FIA-GT3と言うカテゴリー。これは世のセレブな人たちをターゲットにしたレースでメーカーが今、もっとも力を入れているカテゴリーの一つである。自社のフラッグシップモデルな訳だから、なにしろ走ってくれるだけで“自動的”に宣伝してくれる。
某イタリアメーカー等は、ある程度の規定を満たしたプライベートチームに燦然と輝く自社のロゴを使わせ、ユーザーのモチベーションを向上させ、顧客として完全に囲い込む。FIA-GT3を究極のマーケティングツールの様なスキームしているわけだ。ポルシェあり、フェラーリあり、ランボルギーニあり……。もちろん日系メーカーも出ているが、世界のマーケットシェアという点においては非常に小さな存在でしかない。
ある時、アジア圏の人から日系GT3についての問い合わせがあったのでメーカーに聞いてみた。「入金されれば作って出しますよ」――。当たり前である。
他のヨーロッパメーカーは試乗車すら用意して、トラックデーと言うサーキットを活用したアクティビティで購入を考えている人たちにガンガン乗せる。乗って気に入ったら買う。普段の街乗りもそのスーパーカー。サーキット用はGT3バージョン。メーカーにとっては1粒で2度美味しいビジネスモデルである。
たしかに日系メーカーのマシンは作りも良い。雑なところが無い。しかし…「触れる機会が無い」。これではユーザーの気持ちが動くキッカケが無い。
日系マシンを写真で見て『カッコイイなー』と思ったら、メールや豪華なレターでイタリアやドイツのメーカーから案内状が届く。これではモチベーションだけ上がって、大切な利益はヨーロッパメーカーに持っていかれると言うまさに「鳶に油揚げ」状態だ。
何を言いたいのかと言うと、まず、触れさせて使わせる事だ。使ってみて初めて分かると言うものである。良いものを作った。だから売れる、と言う発想は本当に捨てて欲しい。
その昔、日系自動車メーカーの世界戦略車の事で広告代理店から相談があった。作りも良いし同じクラスの他のクルマと比べたら雲泥の差…しかし、月販2万台をターゲットに製造されたそのクルマは、実売数が月に8000台もいかないと言う状態で毎月、毎月、途方も無い量の在庫の山を工場から積み上げていく状態だった。
前年までの代理店は台湾の有名歌手を起用し、安全性のアピールをメインとしたプロモーションだった。僕は最初の会議で言った。
『安全性を体感できるのは事故った時ですよね?』
まだ万博前の中国である。とにかくカッコイイクルマ、大きいクルマがどんどん出てくる中でのコンパクトカーは、どのメーカーも頭痛の種だった。
そこで自分のクライアントである代理店が打ち出した新しいテーマは『ディスカバリー○○/新しい○○の発見』と言うものだった。日常生活にそのクルマを落とし込んだ時に体感できる体験をイメージさせる。同時にモータースポーツイベントへ積極的に参加させ、小さいながらもキビキビとした運動性能を体感させる事で、他車との違いを味わってもらう。
しかしあと少しで実行と言う段階になって残念ながら世界を震撼させたリーマンショックでそのプロジェクト自体が頓挫してしまった。今となっては大変に残念な思い出である。あくまでも見て触れて体感しないと判らないものである。
■高価でお試しもなしでは購入動機が芽生えない
さて話しは戻り、では『プライスは本当に円安のみで助かっているのか?』という問題である。
私は違うと思う。
自分達が上海に移住して最初に感じたのは「日本製品はずば抜けて高い」と言う印象だった。これでは欲しくても買えない。だとしたら当時の中国の人はもっとそう思ったと思う。まして使った事が無い。これでは購入する為のインセンティブが元々構成されないのである。売れる・売れないの前に、そもそもの購入動機が芽生えない。
エントリーモデルを作るなり、建設会社に入り込むなりしたらどれだけ違っただろうか? と、感じる。そして、そうこうしているうちに撤退である。
家電メーカーの上席に話しをした、「中国にある全てのサーキットのVIPルームにあるトイレにウォシュレットを無償設置したらどうですか?」と言う立ち話し。あれ、実現していたらどうなっていただろうか?
きっとしばらくはSNS等でみんな面白がって情報が拡散し、体感したセレブ達はきっと自宅に購入・設置しただろう。そうこうしているうちに必需品になっていったのではないかな? と適当に妄想してみるのも楽しいものだが、メーカーが撤退すると聞いた時、「国破れて山河あり」と言う言葉が浮かんだのは何だったのか……。
「時代が早過ぎた」と言う言葉で片付けていたら、いつまで経っても成長しない。(執筆者:澤野 勝治 提供:中国ビジネスヘッドライン)
常々、中国ビジネスヘッドラインでは中国本土に於ける日系企業のプロモーション戦略のまずさや当地に於けるそれらの難しさを指摘してきた。今回、春節の日本に於ける中国人観光客の爆買いでそれらの指摘が間違えていなかった事が証明された。
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2015-03-20 12:30