牛乳や乳製品は自給自足が基本、酪農の存続・発展にあらゆる努力を傾ける=中央酪農会議に聞く

国際的な飼料価格の高騰に加え、円安の加速によって日本の酪農の経営環境が一段と厳しくなっている。おりしも4月からは牛乳やヨーグルトなどの乳製品が一斉に値上げを余儀なくされるなど、酪農を巡る厳しい環境は一般の消費者にも影響が及んでいる。酪農の全国組織である中央酪農会議の事務局長の内橋政敏氏(写真)に、日本の酪農の現状と今後の展望を聞いた。
――4月から牛乳やヨーグルトなどの乳製品が一斉に値上がりします。昨年4月の消費増税に加え、新たに値上げまで実施されると、消費者にとっては厳しいことになりますが、乳牛を育てる生産者の立場で、今回の牛乳や乳製品の値上げについて、どのように考えていますか?
生産者としては、安全安心な牛乳乳製品を適正な価格でできるだけ多くの消費者の方々に楽しんでいただきたいという思いは当然あります。また、乳業メーカーにしても、値上げによって消費者が離れてしまうリスクは感じるところでしょうから、安易な値上げに踏み切るわけではないということを理解していただきたいと思います。
日本の酪農を取り巻く環境は、2007年頃から、大きな転換期を迎えています。たとえば、乳牛を育てるための飼料は、多くを輸入によってまかなっていますが、トウモロコシなどの国際市況が、バイオエタノール向けの需要増や中国をはじめとした新興国による飼料の買い付けが従来にない規模になっていることなどの理由により、高い水準で推移しているのです。
加えて、近年、為替の円安が急激に進んだために、乳牛を育てるためのコストが、以前とは比較にならないほどに上がってきています。
酪農家は、これまで、規模拡大によるスケールメリットなどで単位当たりのコストを低減しようとする努力を続けてきましたが、日本の環境に関する厳しい規制などがあるために、飼育する乳牛の頭数を増やせばよいというわけにはいかないところがあります。糞尿の処理をするための施設を整える必要もありますし、地域住民のご理解を得ることも必要です。
また、子牛を育成できるスペース、飼料を自作する農地の有無、近隣の協力農家の有無など、個々の酪農家の経営環境は様々ですが、総じていえることは、日本の酪農を巡る環境は年々厳しくなってきているということです。乳業メーカーは、そのことを十分に理解しており、日本の酪農を存続させることや高い品質を守っていくことの必要性なども踏まえ、また、自社の企業努力ではカバーし切れない部分を、値上げによって消費者の方々にご負担いただきたいということだと思います。
――牛乳や乳製品の元となる生乳価格は、2007年以降、徐々に値上がりする傾向が続いています。飼料などの値上がりは、一般的にはなかなか分からないところですが、具体的にどの程度の値上がりとなり、また、酪農家の間では、どのような努力が続いているのですか?
飼料の値上がりについては、例えば、トウモロコシの国際価格は2000年の初めまでは1ブッシェル当たり2ドル~3ドル程度の価格でした。毎年の作柄によって価格が動くことはありましたが、おおむね2ドル~3ドルに収まっていたのです。ところが、中国や新興国が国際市場で飼料を購入するようになって状況は一変しました。1ブッシェルが8ドルを超えることもありましたし、気候が安定して豊作の年でも価格がかつての水準まで下落するということがなくなりました。これは穀物だけではなく、乾牧草(かんぼくそう)などについても同様です。
酪農家は、生産量を増やすために、飼育する乳牛の頭数を増やしたり、1頭当たりの泌乳量を増やす努力をしたりしています。性判別精液などを活用し、優良な後継牛(=乳牛の雌)を確保する取り組みをしている農家もあります。また、一部の酪農家は、自分の牧場で搾った生乳を使用してソフトクリームやジェラート、チーズなどの加工品を製造・販売しているところもあります。
一方、生産コストの引き下げには、大規模化を進めるところ、古くなった牛舎などの施設を工夫して使い続けるところ、地域の農家と協力して飼料の自給率を高める努力をしているところ、また、人手不足で雇用の確保が難しいところは、搾乳作業を自動化する搾乳ロボットの活用や機械施設の共同利用など、各酪農家が経営環境の課題に応じた様々な努力を行っています。
酪農家には、搾った生乳の対価(=乳価)が、翌月に収入として入りますので酪農家は計画的な経営が可能なのです。しかし、乳価の改定は1年に1回なので、飼料などのコストが急騰すると、たちまち経営が立ちいかなくなる酪農家も出てきます。高齢化や後継者がいないことなど構造的な理由もあり、酪農家数は過去10年間で1万戸減少し、26年2月時点での全国の酪農家数は2万戸を下回っています。
――酪農を取り巻く環境は厳しいということですが、現在TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の議論があり、オーストラリアなどからバターなどの安価な乳製品が輸入され、国内の酪農業に大きな打撃を与えるという話があります。外国産との競争に負けないために、日本の酪農業では、どのような取り組みがなされていますか?
酪農は、先進国でないと、搾乳や保冷などの生産設備の整備から衛生管理までを実施することが難しいので、輸出できる国はオーストラリアやオセアニア、米国、EUなどの一部の国にとどまると考えられます。しかし、それらの国々でも、干ばつの影響などで自国の需要をまかなうことが難しい局面もあります。
基本的に酪農は、自国民のために自給することが基本であるということが、各国で共通認識としてあります。たとえば、温度管理が必要な牛乳の輸出には、相当コストもかかるため、安全な状態での輸出入は安価な価格ではできません。チーズなどの加工品は、日持ちがしますので一定程度の輸入が増えることはあると思いますが、それでも天候はコントロールできませんし、口蹄疫など牛特有の疫病による供給減少などのリスクもあります。安心な国産牛乳乳製品を安定して供給していくためには、やはり、自国の酪農業を健全に育成していくことに勝ることはないと思います。
乳製品などで価格にばかり注目されると、肝心の安全安心のコストがないがしろになりかねません。日本の牛乳乳製品は、生産現場から店頭に並ぶまで厳しい品質管理がなされるなど、安全安心に注力しています。この安全安心のためのコストは、なかなか数値として外に現れるものではないので、単純に小売店の店頭に並ぶ価格だけでは測れない価値があります。外国産との競合という点では、国内の酪農家が行っている安全安心のための取り組みについて、情報を発信していくことも必要であると考えています。
――賞味期限が短く保存がきかない牛乳は100%国産でまかなわれるなど、日本の酪農が担う役割は、これからも変わらずに重要です。日本の酪農が存続・発展していくために、今後、どのような取り組みが進められようとしているのでしょうか? その中で、中央酪農会議が担っていく役割は?
日本の酪農は、これまでの経営のやりかたを踏襲するだけでは、経営を持続することが困難であると思っています。これまで培われてきた安全安心の生産管理は継承しつつも、現在のような生産コストが上昇する環境にあっても、酪農家の経営が成り立つように、様々な取り組みが必要な時代になっています。
中央酪農会議は、各地で行われている優良な経営改善の事例や乳牛資源の維持・確保に関する知見や事例について、情報を収集し、他の酪農家への普及を図りっています。また、消費者の方々に向けても、日本の酪農についての国民的な理解を深めていくために、日本酪農や国産牛乳乳製品の重要性などに関する情報発信を強化する必要があると思います。
たとえば、酪農経営の大型化を進めるのであれば、広大な土地のある北海道での酪農育成に注力すればよいと思われるかもしれませんが、大消費地に近い都府県に酪農家があって、それぞれの地域で努力して経営を続けることで、新鮮でおいしい牛乳が日本全国に届けられるのです。日本全国で酪農が続けられるよう、理解していただくための情報発信が重要になります。
日本の酪農は、大変厳しい環境にありますが、日本の酪農家は日々努力をし、安全安心な牛乳や国産乳製品を全国に届けられるよう頑張っています。もともと、酪農は生き物を相手にした経営ですから、年間労働時間も長く、一日たりとて気を抜くことができません。それでも、日本の牛乳は日本で作ろうと、情熱を持って経営にあたっている酪農家の方々の地道な努力を理解していただきたいと思います。(編集担当 風間浩)
国際的な飼料価格の高騰に加え、円安の加速によって日本の酪農の経営環境が一段と厳しくなっている。おりしも4月からは牛乳やヨーグルトなどの乳製品が一斉に値上げを余儀なくされるなど、酪農を巡る厳しい環境は一般の消費者にも影響が及んでいる。
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2015-03-31 17:15