動き出した「一帯一路」構想 ―中国版マーシャル・プランの実現に向けて(1)=関志雄
中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄
2013年に、就任してまだ間もない習近平国家主席は、中国の周辺外交の軸として、また新しい対外開放戦略の一環として、「シルクロード経済ベルト」(中国語:絲綢之路経済帯)と「21世紀海上シルクロード」(中国語:21世紀海上絲綢之路)からなる「一帯一路」という構想を打ち出した。2015年2月1日に、張高麗副首相の主宰で「『一帯一路』建設工作会議」が開かれたことに続き、同年3月28日に国家発展改革委員会、外交部、商務部が「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードを推進し共に構築する構想と行動」(以下、「構想と行動」)を発表したことに象徴されるように、同構想は実行の段階に移っている。
● 「一帯一路」とは
習近平国家主席は、2013年9月に、カザフスタンのナザルバエフ大学で演説した際、ユーラシア各国の経済連携をより緊密にし、相互協力をより深め、経済発展を促すために、新しい協力モデルを生かし、共同で「シルクロード経済ベルト」を建設する構想を初めて打ち出した(習近平「共に『シルクロード経済ベルト』を建設しよう」、2013年9月7日)。続いて、同年10月に、インドネシアの国会で演説した際、中国は、ASEAN諸国と海上協力を強化し、中国政府が設立した中国―ASEAN海上協力基金の活用を通じて、海洋協力のパートナーシップを発展させ、共に「21世紀海上シルクロード」を建設しようと提案した(習近平「共に『21世紀海上シルクロード』を建設しよう」、2013年10月3日)。
両者を合わせた「一帯一路」構想は、中国が世界経済の中心的地位を占めていた古代シルクロードの再現を意識したものであり、中国の対外開放新戦略のコアと位置付けられている。「構想と行動」によると、「一帯一路」は、アジア、ヨーロッパ、アフリカ大陸に跨がっている。その内、シルクロード経済ベルトは、①中国から中央アジア、ロシアを経て、ヨーロッパに至る、②中国から中央アジア、西アジアを経てペルシア湾、地中海に至る、③中国から東南アジア、南アジア、インド洋に至るという3つのルートからなる。また、21世紀海上シルクロードは、①中国の沿海の港から南シナ海を経てインド洋やヨーロッパに至る、②中国の沿海の港から南シナ海を経て南太平洋に至るという2つのルートからなる。「政策面の意思疎通」、道路をはじめとする「インフラの連結」、「貿易の円滑化」、「資金の融通」、「民心の意思疎通」の5つの分野での協力を進める。
● 「一帯一路」構想の戦略的意義
「一帯一路」構想の中国にとっての戦略的意義について、張業遂・外交部副部長は、次のように述べている(張業遂「一帯一路の建設を通じて中国の対外開放のレベルを一層高めよう」、『中国発展観察』、2014年第4期)。
まず、更なる改革開放のために必要である。近年、中国が経済発展において大きな成果を収め、GDPが世界第2位、財貿易の規模が世界一になったとはいえ、多くの課題にも直面している。例えば、東部と中西部の格差問題である。中西部が飛躍的な発展を遂げるには、生産能力の東部からの移転を加速させ、中西部地域と隣国間の交流と協力を強化しなければならない。これまでの中国経済の成長は、東部沿海地域の率先した対外開放の恩恵を受けたものであり、海外からの直接投資と先進国市場に頼っていた。しかし、現在、中国は全面開放と海外進出を同様に重要視するようになり、先進国だけでなく、発展途上国との経済協力強化も目指すようになった。「一帯一路」はまさにその一環である。
また、アジアにおける地域協力のために必要である。アジアは世界経済の牽引役であり、経済のグローバル化の担い手でもあるが、その一方で、多くの問題に直面している。例えば、アジア地域の一体化は、ヨーロッパ、北米と比べると、遅れている。特に、アジア各地域間の発展格差が大きく、連携が少なく、交通インフラがつながっていないことが、地域間協力の障害となっている。また、貿易・投資・エネルギーを巡る国際環境が大きく変化している中で、アジア諸国は経済高度化の正念場を迎えようとしている。「一帯一路」は大きな翼となり、南アジア、東南アジア、西アジア、そしてヨーロッパの一部の地域をつなぎ、アジア全体の発展を推進する。「一帯一路」は、インフラ建設と体制改革を促進するなど、地域内と関連国家のビジネス環境の向上に寄与する。
そして、世界の平和と発展のために必要である。古代のユーラシア大陸は多くの戦争と苦難を経験してきたが、シルクロードは一貫して平和、協力、友好の象徴であった。シルクロード沿いの各国は商品、人員、技術、思想などの交流を通じて、経済・文化・社会の前進、異なる文明同士の対話と融合を促進してきた。古代シルクロードで見られた平和、友好、開放、包容、ウィンウィンの精神は中国だけではなく、世界にとっても貴重な財産であり、無形文化遺産でもある。古代シルクロードの精神を継承しながら、新しい時代の特徴を取り入れる「一帯一路」構想は、世界の平和と発展に貢献できるという。
● 中国にとっての機会と挑戦
「一帯一路」構想の推進は、中国の次の産業分野に多くのビジネスチャンスをもたらすと期待される。
まず、インフラ建設関連の産業である。その中には、建設業、設備製造業、建築材料業(鉄鋼、セメントなど)が含まれている。「一帯一路」沿いの国々は、発展途上国が多く、経済発展に向けて、インフラ建設関連のニーズが非常に高い。一方、中国では、固定資産投資の伸びが鈍化するにつれて、建設業と鉄鋼など一部の製造業における深刻な生産能力過剰という問題が浮き彫りになってきた。「一帯一路」構想の推進に伴うインフラ建設関連の輸出拡大はこの問題の解決につながると期待される。
第二に、交通と輸送の関連産業である。中国は、「一帯一路」構想の実施を通じて、対象国を結ぶ交通網の整備を目指している。このことは、港湾、空港、道路、鉄道の建設と運営に加え、関連設備の生産と物流などにかかわる中国企業にとって、朗報であるに違いない。
第三に、エネルギー産業である。その中には、石油・天然ガスの輸入パイプラインと発電所の建設や、電力関連設備の製造などが含まれている。安定した石油・天然ガスの輸入ルートを確保するのは「一帯一路」の重要な戦略目標である。近年、中国では石油・天然ガスの需要が急増している。その主な輸入ルートは、マラッカ海峡を経由する海上輸送に頼っている。リスクを分散するために、陸路を経由する新しい輸入ルートの開拓は急務となっている。それに伴い、中国向けに石油・天然ガスを輸送するパイプラインの建設需要も増えると予想される。
最後に、貿易と観光産業である。「一帯一路」における交通の便が改善されれば、域内の貿易を通じて物的交流だけでなく、人的交流も盛んになると予想される。特に、歴史的文化遺産など、シルクロードの特色が生かされる形で、観光業も大いに盛り上がるだろう。(執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
2013年に、就任してまだ間もない習近平国家主席は、中国の周辺外交の軸として、また新しい対外開放戦略の一環として、「シルクロード経済ベルト」(中国語:絲綢之路経済帯)と「21世紀海上シルクロード」(中国語:21世紀海上絲綢之路)からなる「一帯一路」という構想を打ち出した。
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2015-04-15 12:00