動き出した「一帯一路」構想 ―中国版マーシャル・プランの実現に向けて(2)=関志雄
中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄
● 実現に向けての課題
このように、中国では政府だけでなく、企業も「一帯一路」の構築に大きな期待を寄せている。しかし、その実現に向けて、まだ乗り越えなければならない課題が多く残っている。
まず、域内外の大国の支持を得ることが困難である。中国は、米国、EU、そして日本との間で、「一帯一路」における資源を巡って、利益の衝突が予想される。その上、ロシアやインドは、それぞれ、中国の中央アジアや南アジアへの進出を警戒している。
また、対象国は、発展段階や、宗教、文化などの面で大きく異なっており、経済統合の求心力が弱い。各国が実施している高関税も、国境を越える貿易の妨げとなっている。
さらに、中国は、一部の対象国との間で領土や領海の問題を抱えている。特に南シナ海と、中印の国境地域において、緊張が続いている。
最後に、投資に伴うリスクが高い。一部の紛争地域を含め、対象国の多くは、政治、経済、社会の面において、安定していない上、道路や港湾などのハード面のみならず、法律や税制といったソフト面でのインフラがまだ整備されておらず、改善を待たなければならない。
● 構想から実行へ
「一帯一路」構想を推進するために、習近平国家主席と李克強首相は、積極的に関係国を訪問し、支持を呼び掛けている。すでに約60の対象国に加え、ASEAN、EU、アラブ連盟など多くの国際組織が支持を表明している。そして、中国はすでにカザフスタン、カタールなどの国と協力覚書を締結した(「『一帯一路』は60ヵ国の参与を得、戦略計画を数ヵ国語で発表予定」、『上海証券報』、2015年1月23日)。
その上、多くの具体的プロジェクトも動き出している。まず、交通インフラでは、対象国は陸海空を一体化した立体的交通網の整備に取り組んでいる。新ユーラシアランドブリッジ計画(江蘇省の連雲港を出発点として、西安、ウルムチ、中央アジア、ロシアを経由して、アムステルダムまで鉄道を建設する計画)を筆頭に、中国・シンガポール経済回廊、中国・インド・ミャンマー経済回廊など、「一帯一路」の基幹ルートが形成されつつある。 次に、「一帯一路」の沿線には、様々な物流センターが急ピッチで建設され、自由貿易区も続々と設置されている。そして、インフラ整備を資金面から支援するため、シルクロード基金や、アジアインフラ投資銀行、(BRICSの5ヵ国が主体となる)新開発銀行、上海協力機構開発銀行などの設立計画が、中国の主導で進められている。
2015年3月に開催された第12期全国人民代表大会第3回会議における「政府活動報告」において、李克強首相は「『一帯一路』の建設と地域の開発・開放を結合させ、新ユーラシアランドブリッジ、陸海通関拠点の建設を強化する必要がある。」という政府の方針を示している。後に発表された前述の「構想と行動」では、重点地域として、西北地域(新疆、陝西、甘粛、寧夏、青海、内モンゴル)、東北地域(黒龍江、吉林、遼寧)、西南地域(広西、雲南、チベット)、沿海地域(上海、福建、広東、浙江、海南)、内陸地域(重慶)が指定された。それに合わせて、これらの地域は投資計画の推進に積極的に取り組もうとしている。
● 中国版のマーシャル・プランに向けて
シルクロード基金や、アジアインフラ投資銀行の設立をはじめ、「一帯一路」の実現に向けた中国政府の一連の取り組みは、戦後米国が西欧諸国を対象に実施したマーシャル・プランを思わせるものであり、一部のメディアでは「中国版マーシャル・プラン」と呼ばれている。
2008年9月のリーマン・ショックを受けて、マーシャル・プランに匹敵する途上国への新しい援助計画の必要性を巡って、多くの提案がなされてきた。
まず、世界銀行の林毅夫・チーフエコノミスト(当時)は、2009年2月9日にワシントンにあるピーターソン国際経済研究所での講演で、景気浮揚と世界的な金融危機の影響緩和のため、第2次世界大戦で被災した欧州の復興支援策マーシャル・プランをモデルに、発展途上国向けに先進国がGDPの1%相当の資金を拠出し、世界銀行が運営する基金を創設することを提案した(Justin Lin, "The Causes and Impact of the Global Financial Crisis: Implications for Developing Countries," Event Summary, The Peterson Institute for International Economics, February 9, 2009)。これにより、途上国がインフラ関連投資から生まれる利益を享受できる一方で、世界経済を大きく押し上げる効果も期待できるとした。もっとも、同提案では資金の提供者として、中国ではなく、先進国が想定されていた。
続いて、中国の全国政治協商会議委員で前国家税務総局副局長の許善達氏は、2009年3月に、中国が主導する「中国版マーシャル・プラン」の必要性を初めて訴えた(許善達「中国版『マーシャル・プラン』の推進を通じて外需を盛り上げよう」、『人民政協網』、2009年3月6日)。その具体的内容は、2009年7月に開催された全国政治協商会議専門会議において明らかになった(「全国政治協商会議委員が輸出拡大策として中国版『マーシャル・プラン』を提案」、『中国新聞網』、2009年7月13日)。その中で、許氏は、中国が5000億ドルを拠出して基金を設立し、発展途上国のインフラ建設を支援するため、これらの国に資金を提供することを提案した。5000億ドルは大規模とはいえないが、人民元の国際化を後押しし、巨額に上る外貨準備高を減らし、中長期にわたるドル安というリスクを軽減することができるとして、「貸付リスクの国家による負担」、「企業の過剰生産能力の解消」、「人民元の国際化」という三位一体がこの計画の核心だとも説明した。
かつて、マーシャル・プランは、西欧諸国の戦後の復興に大きく貢献をする一方で、米国企業には巨大な欧州市場を提供した。「一帯一路」を中心とする「中国版マーシャル・プラン」も、中国と周辺諸国とのウィンウィン関係の発展につながると期待される。(執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
このように、中国では政府だけでなく、企業も「一帯一路」の構築に大きな期待を寄せている。しかし、その実現に向けて、まだ乗り越えなければならない課題が多く残っている。
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2015-04-15 12:00