中国と漢字 <その2>

日本経営管理教育協会が見る中国 第292回--高橋孝治(日本経営管理教育協会会員)
● 中国で書物が焼き尽くされたのは
前回の「中国と漢字〈その1〉」では漢字の起源である甲骨文字や記録の手段としての文字の偉大さに触れた。その中で「文字とは記録を半永久的に残し、歴史を覚え伝えるという手間から人間を解放した、人類史にとって非常に大きな発明なのだ。そして文字に残された内容は同じ文字を理解する者にも読まれ、知識の共有をも人類にもたらした」と述べた。
これだけ聞くと文字の発明は人びとから歓迎されたと思うかもしれない。しかしそうは簡単ではなかった。皇帝が統治する世の中では、知識が共有化され、自分への批判などが文字を通じて拡散されることは脅威以外のなにものでもなかった。そのため焚書坑儒というものが行われたのだ。焚書坑儒とは、秦時代に特定の思想の書物を全て焼き尽くし、儒教を埋めるという思想弾圧の方法である。
またこの他にも中国では王朝が変わるたびに書を焼き捨てるということをしていた。その結果、中国史の一部の時代は中国に資料が存在せず、日本に持ち込まれていた資料から読み解くしかない時代がある。このような中国の事情を考慮すると、皇帝にとって文字の発明は手放して喜ぶものではなかったのかもしれない。
● 古代中国の男尊女卑と文字
また文字の教育においても中国の特殊な事情が垣間見える。そもそも古代中国では儒教思想に基づく圧倒的男尊女卑制度が敷かれていた。これは古代中国の格言「妻はハゲかバカでなければ十分」「麺はメシではない、女は人ではない」「娶った妻、買った馬は乗ろうが打とうが勝手」にも表れている。このような古代中国の女性の地位からは当然に「読み書きをする」という「高度」なことが許されるはずもなく、女性に文字を教えることは禁じられていた。
そこで読み書きのできない古代中国の女性らが独自に発明したのが「女書(ヌス)」と呼ばれる女文字だ。ヌスは通常の漢字を教えてもらえない女性らが、読み書きがしたいという必死の思いから生まれたものと言えるだろう(なお、ヌスは基本的に男性は全く読み書きができない)。このように結果として女性差別があったため生まれた文字というものもある。
昨今中国政府は文化の一部としてヌスの保護を行おうとしている。しかし一部の女性らは差別の結果生まれたものだからヌスはなくなって構わないと述べている。ヌスを文化の一部と見るか、または男女差別の産物でなくすべきものなのかは議論が分かれるところであろう。
● ベトナムと漢字
また前回ベトナムも漢字文化圏であると述べた。ベトナムの漢字も紆余曲折を経ている。ベトナム式漢字は「チュノム」と呼ばれる。しかし日本の平仮名や朝鮮のハングルが漢字を簡略化したものなのに対し、チュノムは漢字を煩雑化させる方向に進化したのだ。理由は諸説あるが、その一つは以下のようなものだ。
ベトナムは古来より中国から何度も侵略されたため中華文化圏にありながら非常に中国を嫌っていた。そのため漢字すらも中国人にすら読めない字を発明しようというアイデンティティに燃えたからと説明される。しかしチュノムという非常に複雑な文字を使用したため識字率が向上せず、1945年にベトナムは言語表記をアルファベットに一本化し、チュノムは廃止された。こうしてベトナムは「元」漢字文化圏となった。
ヌスやチュノムなど漢字の派生は歴史的背景に影響を非常に大きく受けている。さて今回もまだ漢字の話は終わらなかった。この続きはまた次回のお楽しみにしていただこう。
写真はヌスとその現代中国漢字訳。(山東博物館ホームページより)(執筆者:高橋孝治・日本経営管理教育協会会員 編集担当:水野陽子)
前回の「中国と漢字〈その1〉」では漢字の起源である甲骨文字や記録の手段としての文字の偉大さに触れた。その中で「文字とは記録を半永久的に残し、歴史を覚え伝えるという手間から人間を解放した、人類史にとって非常に大きな発明なのだ。そして文字に残された内容は同じ文字を理解する者にも読まれ、知識の共有をも人類にもたらした」と述べた。
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2014-02-05 10:45