対外開放と対内開放を目指す金融改革(2)=関志雄

― 期待される民間と外国資本の参入による競争の促進 ― 中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄 【2】資本市場の対内開放と対外開放   資本市場改革に関して、「多層的資本市場システムの健全化」という方針が三中全会で決定され、その具体的内容は、2014年5月に発表された「資本市場の健全な発展の一層の促進に関する若干の意見」(以下、新「国9条」)に盛り込まれている。また、証券市場の対外開放に向けた大きな一歩として、2014年11月に上海・香港市場の株式相互取引(以下、「滬港通」、滬〔こ〕は上海の略称)が開始された。  1)多層的資本市場システムの健全化   中国政府は、2003年にすでに「多層的資本市場システム」を提起している。当時、中国の株式市場は大中型企業向けのメインボード市場しかなく、構造が単一で、大量の中小企業やベンチャー企業の資金需要を満たすことができなかったが、2004年に「中小企業板」、2009年に「創業板」が深セン証券取引所において開設された。現在、中国の資本市場は以前に比べ多様化しており、取引規模や金融商品の種類も増えている。しかし、市場化、法制化、国際化の度合いが低く、市場の多様性、構造、インフラなどの面において改善の余地が大きい。   「多層的資本市場システムの健全化」は、次のチャンネルを通じて、資金配分の改善、ひいては持続可能な発展に寄与すると期待される。   第一に、民間資本の活用である。中国では、国全体の貯蓄率が高いにもかかわらず、多くの企業、特に中小企業は資金調達に苦しんでいる。これは、中国の資本市場の未熟さや、資金の需要側と供給側のミスマッチなどを反映している。多層的資本市場は、より多様な金融商品、取引手段を提供し、資金の有効な活用につながる。   第二に、金融リスクの予防と軽減である。中国では、直接金融の比率が低く、実体経済は銀行貸出に大きく依存しており、銀行部門には不良債権やシャドーバンキングなどのリスクが集中している。多層的資本市場は、多様なエクイティ・ファイナンスのチャンネルを提供し、金融部門全体の構造を改善し、銀行部門に集中するリスクを分散させることができる。   第三に、産業の再編・発展の促進である。中国には多数のベンチャー企業があり、資金需要が高い。多層的資本市場は、より多くのベンチャー資本、プライベート・エクイティ・ファンドを中小企業やベンチャー企業に提供することができる。また、資本市場を通じた企業の買収・合併により、産業が再編され、生産能力過剰問題を抱える産業の効率化を実現することができる。   第四に、中国の金融部門の競争力の強化である。多層的資本市場の健全化により、中国の資本市場の厚みと広がりが増し、資本市場と証券業の国際競争力が向上する。   一方、市場の階層と金融商品の増加や、新しい金融テクノロジーの使用などに伴い、資本市場のリスクも多様化し、リスクの伝達ルートも複雑になってくる。このため、リスクに対する認識を強化し、リスクの事前予防と事後対処の措置をしっかりと講じることが重要である。  2)新「国9条」による改革の具体化   三中全会の「決定」における資本市場改革の方針の具体的な政策として、中国政府は2014年5月9日に新「国9条」を公布し、九つの分野について中国における資本市場の発展のロードマップを示した。さらに、2020年までに、構造が合理的で、機能が充実し、規範的かつ透明性が高く、安定的かつ効率的で、開放的かつ包括的な多層的資本市場システムを基本的に形成するという目標を掲げた。2004年に「資本市場の改革開放と安定的な発展の推進に関する国務院の若干の意見」が出され、「国9条」と呼ばれたことから、今回の意見は新「国9条」と呼ばれている。2004年の「国9条」は、非流通株改革の推進に主眼を置いたのに対し、新「国9条」は、三中全会の「決定」を受け、株式、債券、先物など多層的資本市場の健全化に関するより全面的な政策である。   三中全会の「決定」と新「国9条」の発表後、資本市場改革の動きは明らかに加速した。株式発行については、2012年秋から停止されていた国内での新規株式公開(IPO)が2014年1月に実験的に再開され、6月に正式に再開された。新株発行制度の改革も進められている。現在、中国本土のIPOは認可制だが、これを登録制に移行することが既定路線になっており、その進め方が検討・準備されている。2015年以降、「証券法」の改正などに伴い、実施される可能性が高いと見られる。   また、2013年11月30日に国有企業改革と国有商業銀行の資本増強を後押しするとされる「優先株試行の展開に関する指導意見」が発表された。これを受けて、2014年11月に中国農業銀行の優先株が上海証券取引所に上場し、中国本土の資本市場における第一号の優先株の発行と上場となった。その後も銀行やエネルギー関連の上場企業が相次いで優先株案を発表した。   上場廃止制度については、2014年11月16日に「上場会社の上場廃止制度の改革・改善・厳格化に関する若干の意見」が施行され、既存の法的枠組みの下で上場廃止の制度がより明確化された。2014年12月中旬には、30社余りの上場会社について上場廃止リスクの警告が出された。   新興企業やベンチャー企業への支援強化に関する動きについては、まず新興企業を対象とする深セン証券取引所の創業板への上場基準の緩和がある。企業の財務要件や業種面の制限が緩和された。2014年12月31日時点、創業板の上場企業は406社と、2013年末の355社から約50社増えた。また、店頭市場に当たる「中小企業株式譲渡システム」(一般的に「新三板」と呼ばれる)への登録の認可ペースも加速した。   債券市場の改革に関しては、中国証券監督管理委員会(証監会)が2012年央から試験的に取り組んできた中小企業私募債の発行要件を引き下げたことや、中国人民銀行が、農村金融機関や一部非法人投資家の銀行間債券市場への再度参加を認めるなどの動きがあった。また、三中全会の「決定」で打ち出された「市場の需給を反映した国債イールドカーブの健全化」を受け、財政部は2014年11月2日に、1、3、5、7、10年限国債のイールドカーブを初めて発表した。   中国の債券市場は、債券の発行体により監督当局が異なる。証監会主管の公司債、国家発展改革委員会主管の企業債、中国人民銀行主管の金融債やコマーシャル・ペーパー(CP)、手形などがあり、それぞれの発行・流通と監督制度が独立している。さらに、市場も、証監会が所管する取引所市場と、中国人民銀行が所管する銀行間債券市場に分かれている。このため、新「国9条」では、「債券市場の積極的な発展、債券市場の信用規律の強化」だけでなく、「債券市場の相互接続の深化、債券市場の監督管理の協調の強化」を掲げている。債券市場の発展を促進し、効率を高めるには、この「相互接続」と「監督管理の協調の強化」を早急に実現することが望ましい。  3)上海・香港市場の株式相互取引   三中全会の「決定」では、「資本市場における双方向の開放を推進し、クロスボーダー資本・金融取引の自由化の度合いを混乱なく引き上げる」という方針が提示され、その具体的な措置として大きく注目されているのは、2014年11月17日に開始した「滬港通」である。これは、中国本土と香港の投資家がそれぞれ現地の証券仲介業者を通じて所定の限度額内で相手側の取引所に上場されている株式を取り引きすることであり、中国本土と香港の資本市場における双方向の開放に向けた大きな一歩である。   「滬港通」は、「滬股通」と「港股通」の二つの部分からなる。「滬股通」は、香港の投資家が香港の仲介業者に委託し、香港聯合取引所傘下の証券取引サービス会社を経由して上海証券取引所に上場されている株式を売買するもので、「北向き売買」(Northbound Trading)とも呼ばれる。「港股通」は、中国本土の投資家が中国本土の仲介業者に委託し、上海証券取引所傘下の証券取引サービス会社を経由して香港聯合取引所に上場されている株式を売買するもので、「南向き売買」(Southbound Trading)とも呼ばれる。   「滬港通」は、制度導入の初期段階では、全体の投資金額、投資対象、投資家の資格要件などについて制限が設けられている。投資対象は、上海証券取引所の「上証180指数」と「上証300指数」の構成銘柄、香港聯合取引所の「ハンセン総合大型株指数」と「ハンセン総合中型株指数」の構成銘柄、および両取引所に重複上場されているA株(中国本土の証券取引所で上場する人民元建て株式)とH株(香港で上場する中国企業の株式)である。また、「滬港通」は人民元建てで行われる。投資枠(残高ベース)について、北向きの「滬股通」は、総投資額上限が3000億元で1日当たり130億元、南向きの「港股通」は、総投資額上限が2500億元で1日当たり105億元と設定されている。投資家の要件は、上海株に投資する香港投資家については特に定めがないのに対し、香港株に投資する中国本土投資家については、機関投資家と、証券口座および資金口座に合計で50万元以上を有する個人投資家に限定される。   従来、海外の投資家が中国本土株に投資する場合、QFII(適格海外機関投資家)とRQFII(人民元適格海外機関投資家)を、中国本土の投資家が海外株に投資するにはQDII(適格国内機関投資家)を経由しなければならなかった。「滬港通」の導入により、個人であっても海外投資家が中国本土株に、中国本土投資家が香港株に直接アクセスできるようになった。   「滬港通」は、中国本土資本市場における双方向の開放の重要な一環として、二つの面で大きな意味をもつ。まず、上海と香港の金融センターとしての地位の強化である。上海株式市場の投資家構造の改善、より合理的なA株の株価形成などを通じて、上海の国際金融センターとしての発展を促す。一方、香港は、潤沢な資金を持つ中国本土投資家の参入により、国際金融センターとしての広がりと厚みが増す。第二に、人民元の国際化を後押しする。相互取引は人民元建てで行われるため、中国本土の投資家は直接人民元で香港市場に投資する一方、オフショア人民元の投資ルートも増える。さらに香港のオフショア人民元市場としての地位が一層強化される。   中国における資本市場の対外開放の次のステップとして、「滬港通」の現行の投資枠などの条件緩和と深センと香港の相互取引(中国語は「深港通」)の導入が予想される。これにより、中国本土と香港の資本市場の一体化は一層進むだろう。<(3)につづく> (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子) (出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
資本市場改革に関して、「多層的資本市場システムの健全化」という方針が三中全会で決定され、その具体的内容は、2014年5月に発表された「資本市場の健全な発展の一層の促進に関する若干の意見」(以下、新「国9条」)に盛り込まれている。
china,column
2015-06-10 13:15