加速する農村部における土地の流動化―本格化する信託制度の活用(2)=関志雄
中国経済新論「実事求是」-関志雄
● 脚光を浴びる土地流動化信託
政府の後押しで土地の流動化の機運が高まる中で、信託業務を専門とする信託会社も仲介者として参入の機会を模索してきた。
信託会社として最初に土地流動化信託に本格参入したのは中信信托有限責任公司であった。2013年10月10日、中信信托は安徽省宿州市埇橋区人民政府と協力し、「中信・農村土地請負経営権集合信托計画1301期」を立ち上げた。中信信托は、農家から土地を受託し、信託期間は請負経営権の残存期間に当たる12年である。流動化の対象となる土地の面積は、第一期では5400ムー(1ムー=1/15ヘクタール)、最終的には2万5000ムーに上る。そこに近代的農業のモデルパークが建設される予定で、土地の開発・整理、テナントの誘致など、その経営と管理は、安徽帝元現代農業投資有限公司に委託する。農民が土地から得られる収入は、賃料に加え、それを上回る純利益の70%が、各農家の土地の持ち分に比例して分配される。残りの利益は、中信信托と安徽帝元をはじめとする関係者で分けることになる。また、農民は、土地からの財産収入の他に、従業員として働くことで賃金収入を得ることもできる。
農地の交換、賃貸、土地株式合作社といった従来の手法と比べて、土地流動化信託には次の利点がある。
まず、耕作者がいなくなり荒廃した農地を含めて、分散している土地を集約し、企業経営を導入することで、農業の大規模化、機械化、そして市場化が可能になる。
また、信託を導入することを通じて、農地の請負権と経営権を明確に分離することができる。土地の経営・管理を専門の会社に任せることによって、生産効率が高まり、農民の収入も増える上、仮に経営権を取得した企業などが事業に失敗したとしても、農民が持つ請負権には影響しない。
さらに、農民は、自ら土地の経営に直接関わらなくても、資産としての土地から生まれる収入を得られることで、農業から離れ、工業やサービス業などへ移動する自由度が高くなる。このことは、所得格差の是正を通じて、都市部と農村部の二重構造の解消につながる。
最後に、信託会社は、強い資金調達能力を備えており、農業の近代化を金融面からサポートすることもできる。
● 残された課題
このように中国における農地の流動化はかなり進んでいるが、未解決の問題も多い。
第一に、農地の流動化は、現行の法律法規と矛盾する点があり、関連法律による保障が不足している(劉衛柏、柳欽、李中「我が国における農村土地の流動化の新モデルに関する分析」、『調研世界』、2012年第4期)。
具体的に、まず、農民には農地の所有権が認められていない。「中華人民共和国土地管理法」の第2条は「中華人民共和国は社会主義公有制を実行し、全民所有制と労働群衆集団所有制という二つの形式がある」と明記しており、すべての土地は国家と農民集団が所有し、農地の所有権は売買、もしくは違法譲渡してはならず、流動化の対象はあくまでも農地の使用権に当たる請負経営権であり、所有権ではないと定めている。
また、「中華人民共和国土地管理法」第4条の「国家が土地用途規制制度を実行する」、第63条の「農民集団所有の土地の使用権は農業以外の用途に譲渡、賃貸してはならない」など、流動化による農地の転用を制限する規定がある。しかし、実際、他の用途への転用がしばしば起きている。
そして、先述の「中華人民共和国農村土地請負法」の第33条の規定通り、流動化の期間が制限されている。しかし、実際には、農地の流動化に関する契約の多くは、記載された流動化の期間が請負契約の残存期間より長く、法律の規定と矛盾している。
第二に、農地の流動化の過程において、農民の利益は十分に保障されていない。農地の生産性が低いことを反映して、賃料など、農民が農地の流動化によって得られる収入は高くない。また、流動化された土地が転用されれば、将来、農民の生計に悪影響を与えてしまう。実際、企業が農地の経営権を取得した後、勝手に建物を建てるなどして、農地を劣化させてしまい、満期を迎えた後、その土地は従来のように農業生産に利用できなくなることもしばしば起きている。
第三に、農地を流動化させるための市場インフラが未熟である。まず、農地の請負経営権の帰属が未確定のままでは、有効な契約を結べない。政府は、農地の請負経営権の帰属を確定する作業を進めているが、完了するまでにはまだ時間がかかる。また、契約の内容が規範化されておらず、関係者間の口約束だけという場合さえある。そのため、紛争が起きた時に、法律による解決が難しい。さらに、専門的仲介機関も発達しておらず、このことは、大規模な農地の流動化の妨げとなっている。
最後に、農業への金融面のサポートが不足している。都市部の資本過剰に対し、農村部の資本は枯渇に近い状態にある。農家は経営規模が小さく、銀行から融資を受けることが難しい。伝統的農業から近代的農業への転換は、労働集約型農業から資本集約型、技術集約型農業への転換を意味する。近代的農業の発展の前提となる農地の流動化、農地の集約化、大規模経営の実現は、いずれも大量の資金が必要となる。そのために、銀行による農業への融資を奨励するとともに、都市部から農村部への投資を増やさなければならない。
これらの問題を解決していくことは、農地の本格的流動化の前提となる。それに向けて、関連法律の整備に加え、信託制度の一層の活用が求められる。(執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
中国では、農村部の土地は集団所有となっており、農民にはその使用権しか認められていない。そのため、農地の流動性は低く、このことは、大規模経営を前提とする農業の近代化と、労働力の都市部への流出によって荒廃した農地の活用の妨げとなっている。これに対して、近年、農地の所有権を変えないまま、その使用権に当たる請負経営権だけを流動化させる試みが各地で行われており、政府もこれらを奨励している。その最新の手法として、土地流動化信託が注目されつつある。
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2014-03-10 12:15