中国調達:技術の海外移転とナショナリズム
誰も知らない中国調達の現実(224)-岩城真
ちょっと前に東芝の技術流出が明らかになった。「国益を損なう新興国への技術流出」といった類のお決まりのフレーズが誌面に踊った。この類の事件は散発的に発覚するが、繰り返される議論は、二つの論点が混同され、そのことが問題の本質をわかりにくいものにしているように感じる。つまり、知的財産として守られるべき東芝の技術が不正な方法で外部に流出したという問題と、公正、不正を問わず日本製造業の技術が新興国に移転され、日本製造業の競争力が相対的に低下するといった問題である。
前者についてはこうである。不正に技術を入手した企業が日本の企業であれば問題ないのか?と言えば、問題がないわけない。つまり東芝という一企業の守られるべき知的財産権侵害の問題を、“国益”といった言葉を持ち出して、いつのまにかナショナリズムの議論にすりかえてしまっているのである。
さて、筆者がこれから論じようとしていることは、後者の技術の海外移転についてである。結論を最初に述べてしまう。「技術に国境はない」というのが筆者の基本的なスタンスである。したがって、新興国で技術移転に携わる技術者を売国奴あつかいするとか(不正な技術盗用に加担するものであれば“犯罪者”である。)、技術者の海外転職のきっかけとなるリストラをする日本企業はけしからん、といった議論は、まったくナンセンスである。
「技術に国境はない」というのは綺麗ごとだと批判するナショナリストがいるとしたら、ナショナリズムがもっとも高揚する(オリンピックはナショナリズムを高揚させるためのものではないが)オリンピックやワールドカップで活躍する日本人選手を支える外国人監督や外国人コーチの少なくないことを、どのように理解するのであろうか。
技術はオープンにすることで、インベーションが起こり進化するものである。手にした技術で永遠に利益を得ようという考えは間違っているし、実際、そんなことは不可能で、後生大事に抱え込んでいても陳腐化するだけである。技術を得たものが利益を享受できるのはキャチアップされるまで、賞味期限があるものと割り切るべきだろう。
日本製造業が生んだ最高のノウハウは、“カイゼン”である。QCサークルに代表されるカイゼン活動は、オープンが原則である。そして、「カイゼンに終わりはない」という言葉が、ノウハウにも賞味期限があり、立ち止まってはならないことを示している。
とてもよい事例となる話を聞いたので、読者諸兄とシェアしたい。高性能バッテリーのコア技術は、その電解液の配合にあり、そこにメーカーのノウハウが詰まっている。中国に製造拠点を設けたある日系メーカーは、ノウハウ流出を防止するため、電解液を調合する工程をバラバラに分割し、作業者をローテーションさせないことにした。つまり、作業者を1人や2人引き抜かれても技術漏洩しない仕組みにしたわけである。
ところが、競合する中国ローカルのメーカーは、資金力にモノをいわせ、全工程の作業員を引き抜いて、調合ノウハウをまんまと盗みだしたのである。数ヶ月もすると、日系メーカーと同性能のバッテリーを安価で販売し始めた。しかし中国メーカーの販売開始から半年もすると電解液漏れ事故が続発する。パッキンがボロボロに腐蝕したことが原因である。高性能バッテリーの技術は、電解液だけでなく、それに対応するパッキンの材料選定にまで及んでいたのである。
ほんとう技術は、そんなに薄っぺらなものではない。もちろん、パッキンの材料選定の誤りに気がついた中国メーカーは、同じ材質のパッキンに切り替えてキャッチアップを完了した。その間の時間、さらに信用を回復する時間といったものが、まさにノウハウの賞味期間であり、先行者に与えられた時間なのである。その間に、さらに高性能な製品開発やコストダウンすることで、常に前を走り続けろ、ということなのである。
中国や新興国でも、技術、ノウハウといった知的財産を守る方法はいろいろある。以前と比較すると、中国も知的財産に対する認識が高まり、法的なガードも可能になったと聞く。しかし、どれも完璧なものではない。やはり、より確実な方法は、(適切な表現ではないが)“逃げ足の速さ”ではないだろうか。(執筆者:岩城真 編集担当:水野陽子)
ちょっと前に東芝の技術流出が明らかになった。「国益を損なう新興国への技術流出」といった類のお決まりのフレーズが誌面に踊った。この類の事件は散発的に発覚するが、繰り返される議論は、二つの論点が混同され、そのことが問題の本質をわかりにくいものにしているように感じる。つまり、知的財産として守られるべき東芝の技術が不正な方法で外部に流出したという問題と、公正、不正を問わず日本製造業の技術が新興国に移転され、日本製造業の競争力が相対的に低下するといった問題である。
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2014-04-08 00:45