<怕敢>は紹興の方言 魯迅小説言語拾零(18)
日本語と中国語(401)
(37)『越諺』に出ています
前回引用した“连信也怕敢写了”(手紙さえ書こうという気にならなかった)のなかの“怕敢”について、“不敢”の間違いではないかという指摘を受けた。
確かに通常の辞典、例えば中国の代表的な現代語の辞典である《现代汉语词典》は、“怕敢”を収めていない。“不敢”ならもちろん収められているし、意味も通じる。「……する勇気がない」「(勇気がなくて、或いは差し障りがあって)……できない」くらいの意味である。この“不敢”を“怕敢”というのは、魯迅の郷里である紹興の方言である。
「おまえ、どうしてそんなことを知っているのか」ですか。便利な本があるんです。清代末期に范寅という人が紹興一帯の方言を集めた『越諺』という本があって、そこに“怕敢”が収められているんです。「越」というのは例の「呉越の戦い」の越で、その都のあったところが紹興です。ついでに言いますと、呉の都のあったところは、今日の蘇州です。
魯迅はもちろん郷里の方言で作品を書いているわけではありませんが、その時代はまだ今日のような普通話が存在していませんから、作品中にうっかり自身の方言が紛れ込んだりします。また時には、十分に考慮したうえで、効果的に方言を交えたりもしています。
上の“怕敢”は特に効果を計算して使ったわけではなく、うっかり方言が紛れ込んでしまったものでしょう。同様の例が、先にちょっと引いたことのある「小さな出来事」にも見られます。
风全住了,路上还很静。我走着,一面想,几乎怕敢想到我自己。
風はすっかりおさまって、路もひっそりと静かだった。私は歩きながら、こう思った。私自身について考えてみるのを、どうも怕れているのではないかと。(増田訳)
風はまったく止んだが、通りはまだひっそりしていた。私は歩きながら考えた。しかし考えが自分に触れてくるのが自分でもこわかった。(竹内訳)
誤訳とまでは言わないが、両訳とも“怕敢”の“怕”の字にとらわれすぎてはいないか。
(38)“一副凶脸孔”仏頂づら
『越諺』中の方言についてはいずれまた触れる機会があると思うが、魯迅が好んで使う“脸孔”なども『越諺』に収められている。
掌柜是一副凶脸孔,主顾也没有好声气,教人活泼不得;……(「孔乙己」)
主人は仏頂づら、客はむっつり、これでは陽気になれない。(竹内訳)
「孔乙己」は『呐喊』中の一篇で、孔乙己という名の落ちぶれた読書人の姿を12歳の時からお燗番として酒屋で働いている語り手としての「私」の目を通して描いている。
“掌柜是一副凶脸孔”を語学テキストふうに註釈すると、“掌柜”は旧時の商店の主人、“老板”とも。“副”は顔、特に顔つきを数える助数詞。“凶”は恐ろしい。そして“脸孔”は顔、ただし方言。ざっとこんなところだろうか。これをずばり「主人は仏頂づら」と訳した竹内訳には脱帽するしかない。
「顔」を表す中国語は、どなたもご存じのように“脸”である。別に“面孔”という語があって、文学作品などでよく見かける。“脸”が“洗脸”(顔を洗う)のように肉体としての「顔」そのものを指すのに対して、“面孔”は「顔つき」を指すことが多い。この“面孔”にもう一つ“脸孔”を持ち込んだのが魯迅である。(執筆者:上野惠司 編集担当:水野陽子)
前回引用した“连信也怕敢写了”(手紙さえ書こうという気にならなかった)のなかの“怕敢”について、“不敢”の間違いではないかという指摘を受けた。確かに通常の辞典、例えば中国の代表的な現代語の辞典である《现代汉语词典》は、“怕敢”を収めていない。“不敢”ならもちろん収められているし、意味も通じる。「……する勇気がない」「(勇気がなくて、或いは差し障りがあって)……できない」くらいの意味である。この“不敢”を“怕敢”というのは、魯迅の郷里である紹興の方言である。
china,column
2014-04-16 02:15