ポスト三中全会の国有企業改革(2)=関志雄

― コーポレート・ガバナンスの向上は可能か ― 中国経済新論「中国の経済改革」-関志雄 ● 国有資産の監督管理体制の改善   今回の三中全会の「決定」において、国有資産の監督管理体制について、従来の「企業管理」から「資本管理」に転換するという新しい改革の方向性が打ち出されている。   中国の国有企業は、自身に経営主導権がなく、複数の政府部門により経営に行政介入されていた。このような行政介入は、企業経営の妨げとなり、効率低下をもたらしていた。2003年に国資委が設立されたことで、国有企業に対する監督管理体制が大きく変わり、銀行など、一部を除いて国有企業の管理権が国資委に集中され、管理権分散の問題が解決された。しかし、国資委は依然として国有企業の経営に関与することから、次の問題が起きている。まず、国有企業は自身の経営活動以外に、国資委から頼まれる行政的任務をこなさなければならない一方で、国資委が国有企業の経営活動にとって有利な政策を策定するなど両者が癒着しやすい関係にある。また、国資委は、国有企業の資産だけでなく、従業員の配置や職場の安全、環境保護など、本来企業がやるべきことをやってしまう。最後に、国資委は国有企業に関する経営状況の情報の欠如と専門知識の不足から、国有企業の経営実態を把握しきれず、監督が形骸化してしまう恐れがある。   以上の問題を踏まえて、三中全会の「決定」では、「資本の管理を中心に国有資産の監督管理を強化する。国有資本の授権経営体制を改革し、若干の国有資本運営会社を設立し、条件の整った国有企業を国有資本の投資会社に改組することを支持する。」(第6条)という方針が打ち出されている。その実施に際しては、すでに上海などで導入されている「国資委」、「国有資本運営(投資)会社」、「国有企業」からなる三層の構造が参考になるだろう(図)。 図 国有資産の監督管理の三層構造(図入りサイト参照)   これまで、国資委は、直接「国有企業」の「人事、経営、財務」を管理してきた。また、法律に基づく国有財産権の委託代理関係は構築されておらず、政府が国有企業に対し、過剰に介入する一方で、赤字の補てんもしばしば行われており、モラル・ハザードを助長するソフトな予算制約の問題が依然として深刻である。さらに、国有財産権の流動性が低いため、新しい分野への参入や古い分野からの撤退がうまく進まず、資本効率は極めて低い。今後、国資委は、国有資本運営(投資)会社の監督管理に専念することになる。   これに対して、国有資本運営(投資)会社は、国有企業そのものよりも、資本化と証券化された国有資産、つまり「国有資本」を管理する。その主な機能は、株主として、混合所有制企業の国有株式を保有すること、取締役会を通じて企業へのガバナンスを行うこと、企業の経営業績を考査すること、国有株式の増減を決定すること、新しい投資対象を模索することなどである。既存の全国社会保障基金や、信達、華融などの資産管理会社、外貨準備の運用の一部を任せられている中国投資有限責任公司(CIC)、中央匯金投資公司などは、すでにこのような機能を持っている。   今後、国有企業の扱いは、それぞれの性質によって異なってくる。「決定」では、「国有資本の投資運営は、国の戦略的目標に尽くし、国の安全保障や国民経済の命脈にかかわる重要な業種とカギとなる分野により多く投じるべきである。そして公共サービスを重点的に提供し、重要な先行性、戦略性を持つ産業を発展させ、生態環境を保護し、科学技術の進歩を支援し、国家の安全を保障すべきである。」(第6条)、「国有資本は公益性企業への投入を増やし、公共サービスの提供により大きく貢献できるようにする。国有資本が引き続き株式保有と経営の面において支配する自然独占産業では、政府と企業の分離、政府と資本の分離、特許経営、政府による監督管理を主要な内容とする改革を実施し、各業種の特色に基づき整備部門と運営部門の分離を実施し、競争的業務を自由化し、公共資源配分の市場化を推し進める。各種形式の行政独占を更に打破する」(第7条)と述べられている。   これらの改革により、次の効果が期待される。まず、新設する専門機関が国有資本を運営することで、従来の国資委による国有企業への行政介入が解消される。次に、国有資産を資本化する(国有企業の実物資産や貨幣資産を株主持分に換算する)ことで、国は投資の運用管理がしやすくなる。特に国有資本の流動性が高められ、産業への参入と退出が容易になり、資源がより適正に配置される。さらに、国有資産の資本化によって、ほかの形態の資本の参入が容易になり、このことは、国有企業の資本の多様化につながる。   国有資本のもたらした利益を国民に還元すべく、「決定」では、「一部の国有資本を振替えて社会保障基金を充実させる。国有資本経営予算制度をより完全なものにし、国有資本収益の国庫納付率を高め、2020年には30%に引き上げて、民生の保障と改善により多く充てられるようにする。」(第6条)という方針も打ち出されている【注2】。なお、中央国有資本経営予算編成の対象となる国有企業は、2013年に総額1兆1690億元に上る純利益(税引き後)を上げたにもかかわらず、その10%にも満たない1039億元しか国庫に納付していない(財政部、「2014年中央国有資本経営予算に関する説明」、2014年3月)。その上、その大半は、「国有経済構造調整支出」や、「重点項目支出」、「産業高度化と発展支出」という名目で、国有企業に還流されている。 ● 残された課題   国有企業に関わる多くの問題は、コーポレート・ガバナンスの欠如に由来している。発達した資本主義経済においても、企業の所有と経営の分離によって、所有者の利益が経営者に侵害される恐れがあるが、この問題は、所有権が曖昧である中国の国有企業において、特に深刻である。確かに、建前として13億の国民の一人ひとりがすべての国有企業に対して13億分の1の所有権を持っているが、彼らは、数十万単位に上る国有企業を自ら監督する能力もインセンティブも持っていない。また、そのような意欲を持っていたとしても、株主総会に出席できるわけではない。そのため、国民は国有企業の株主の権利を、代理人としての政府機関に委託しなければならないが、政府が国有企業を経営する目的は利潤最大化だけでなく、雇用の創出、社会の安定などさまざまなものがある。また、政策を策定し、実施する政府の役人は、国民や国の利益よりも自らの利益を優先するという誘惑に常に晒されている。この問題の解決は、選挙や議会といった民主主義制度が整っている先進諸国においてもむずかしいが、国民の監督が届きにくい一党統治という政治体制をとる中国ではなおさらである。国有であることが企業経営の問題点の根源である以上、民営化を行わない限り、コーポレート・ガバナンスの確立は不可能であるといえよう。   これに対して、「決定」は、国有企業改革に関して、「混合所有制経済の推進」、「現代企業制度の整備」、「国有資産の監督管理体制の改善」を強調しているものの、「いささかも動揺することなく公有制経済を強固に発展させ、公有制の主体的地位を堅持し、国有経済に主導的役割を発揮させ、国有経済の活力・コントロール力・影響力を不断に増強しなければならない」(「第二章「基本経済制度を堅持し、充実させる」の導入部分)としている。このことは、国有企業改革の妨げとなっているイデオロギーの障壁が依然として取り除かれていないことを意味する。   また、混合所有制経済を発展させることで、国有企業の民営化が促されると期待される一方で、混合所有制が国有資本の支配範囲を拡大させ、公有制の主導的地位を強化する手段として悪用される恐れがある。その場合、行政独占への打破は実現できないだろう。   さらに、国有企業のリーダーを党と政府の幹部から企業の経営者に改めることや、国有企業を競争的分野から撤退させることは、既得権益集団から強い抵抗が予想されるだけに、依然として前途多難である。   最後に、国有資産の監督管理体制についても、市場での競争をスポーツの試合にたとえれば、審判員であるべき国資委が選手も兼ねてしまうため、公平な試合ができるはずはない。また、国資委は業務全体の指導において、戦略的発想が乏しく、国民経済における国有企業の果たすべき役割と位置づけを考えず、もっぱら国有経済の強化を追求している。さらに、誰が監督当局である国資委を監督するかという問題も未解決のままである。   このように、イデオロギーの問題、行政独占の打破、行政と企業経営の分離、競争的分野からの国有企業の撤退、国有資産監督管理体制の改善など、以前から指摘されている国有企業改革における難題について、「決定」が方向性を示しつつも、抜本的対策を打ち出しておらず、所期の効果を上げることができるかは、まだ疑問が残っている。 【注2】 2013年現在、中央政府直属の国有企業の税引き後利益(純利益から前年度損失と法定積立金を控除)の国庫納付率は以下の5種類となる(財政部、「2013年中央国有資本経営予算に関する説明」、2013年3月)。 第一類:煙草企業、20% 第二類:石油石化、電力、電信、石炭など資源独占型産業企業、15% 第三類:鉄鋼、運輸、電子、貿易、建築など一般競争型産業企業、10% 第四類:軍需企業、企業に転換した科学研究機関、中国郵政集団公司、2011年と2012年に新たに中央国有資本経営予算の対象となった企業、5% 第五類:中国備蓄食糧総公司、中国備蓄棉総公司を含む政策性企業、0% なお、小型・零細国有企業の内、当該年度の純利益が10万元以下の場合、第五類の政策性企業に照らし、同年度の納付を免除。 「三中全会」で決定された方針に従い、2014年には、第一類から第五類までの国有企業に適用される税引き後利益の国庫納付率はそれぞれ5ポイント引き上げられる予定である(財政部「中央企業国有資本収益徴収比率のさらなる引き上げに関する通知」、2014年5月)。 (執筆者:関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー、野村資本市場研究所 シニアフェロー 編集担当:水野陽子)(出典:独立行政法人経済産業研究所「中国経済新論」)
今回の三中全会の「決定」において、国有資産の監督管理体制について、従来の「企業管理」から「資本管理」に転換するという新しい改革の方向性が打ち出されている。
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2014-06-06 15:30