中韓社会保障協定から考える(1) 日中社会保障協定の中身

 周知の通り、中国では2011年7月より中国内で就労している外国人も社会保険制度の対象となることとなった。ところが現在日本と中国の間には社会保障協定はない。そのため日本の厚生年金保険などに加入しつつ中国赴任している方は日中双方の保険に加入し、保険料の二重徴収などに遭っている。 (しかし筆者の見るところ、現実には三重徴収に遭っている。中国の社会保険で通院できない外国人向けの病院に行けるようにするため、海外旅行保険にも加入させている場合が多々あるからである)。  このため、日中社会保障協定などの締結が急がれている、と言われている。しかし当面はこの協定が結ばれることはないように思われる。厚生労働省の発表では、現在協議中となっているが、さる筋からの情報では尖閣問題以降、中国側が日本と協議をしたくないとの理由で、協議は事実上停止していると言われている。  しかし、日中で社会保障協定が締結されるなら、その内容はどのようなものになるのか関心度は高いものとなる。中国は韓国と社会保障協定を結んでおり、その内容はもしかすると、将来締結されるかもしれない日中社会保障協定にそのまま流用される可能性が高く、多くの日本人が注目した。  ただ、中韓社会保障協定がどんな内容なのかが日本に伝わることはなかった。そこで何回かに分けて、この中韓社会保障協定の全訳を紹介する。  中韓社会保障協定は、「中華人民共和国政府および大韓民国政府の社会保険協定」、「中華人民共和国政府および大韓民国政府社会保険協定の議定書」、「中華人民共和国政府および大韓民国政府の社会保険協定を実施することに関する行政協議」、「中華人民共和国政府および大韓民国政府の社会保険協定を実施するための議定書の了解備忘録」の4つから構成されており、8カ月の協議で締結までこぎつけたものである。 ■中韓社会保障協定の全訳  中韓社会保障協定、すなわち、「中華人民共和国政府および大韓民国政府の社会保険協定」の全訳は下記の通りとなる。  中華人民共和国政府と大韓民国政府は中華人民共和国と大韓民国(以下「締約両国」と言う)の友好関係の発展のため、社会保険分野で協力を強化し、以下のように合意に達した。 第一条 定義 一、本協定の目的 (1)「法律規定」 中華人民共和国での本協定の適用範囲(第2条 第1項 第1号)は社会保険体系の関連法律、行政法規、部門規章、地方性法規およびその他の法律文書を包括する。 大韓民国では本協定第2条 第1項 第2号に規定する法律および法規を指す。 (2)「主管機関」 中華人民共和国では人力資源社会保障部を指す。 大韓民国では保健福祉部指す。 (3)「経辨機構」 中華人民共和国では人力資源社会保障部社会保険事業管理センターもしくは指定されたその他の機関を指す。 大韓民国では国民年金公団を指す。 (4)「領土」 中華人民共和国では《中華人民共和国社会保険法》および関連法律法規が適用される中華人民共和国の領土を指す。 大韓民国では大韓民国領土を指す。 (5)「国民」 中華人民共和国では中華人民共和国国籍の個人を指す。 大韓民国では国籍法で定める大韓民国の国民を指す。 二、本条中未定義の語句は締約両国が各自の適用する法律規定により意味を定める。 第二条 法律の適用範囲 一、本協定は以下の社会保険制度に関連する法律に適用する。 (1)中華人民共和国 1.城鎮職工基本養老保険 2.新型農村社会養老保険 3.城鎮居民社会養老保険 4.失業保険 (2)大韓民国 1. 国民年金 2. 政府公務員年金 3. 私立学校教職員工年金 4. 雇用保険 二、本協定は別の定めがない限り、本条第1項に示した法律規定には締結国のうち片方の国が第三国と社会保障に関連して締結した条約もしくは国際協定およびそれを具体的に実施するために頒布される法律法規を含まない。 第三条 従業員の保険参加義務 本協定は別の定めがない限り、締約国のうち片方の国の領土上で働く労働者はその就業情況に応じて、当該締結国のうち片方の国の法律の適用を受ける。 第四条 人員の派遣 一、従業員が締結国のうち片方の国の領土上で雇われ、その国の領土上に経営場所があり雇用主がおり、その雇用関係が雇用主に派遣されてもう片方の締結国の領土で雇用主のために労働している場合、その労働の最初の60日内は継続して雇用された国の社会保険参加義務に関する法律規定にまず触れるものとし、当該労働者は雇用された国の領土内で雇用されているものとする。 二、本条第一項の期限を超えて派遣され、締結両国の主管機関あるいは経辨機構の同意を得た場合、本条第一項中関係する雇用された国の法律規定を継続して適用する。継続適用の具体的申請手続きおよび期限は行政協議中の別の規定による。 第五条 短期就業人員 締結国のうち片方の国の国民が締結国のうちもう片方の国で臨時居住をし、当該臨時居住している国にある経営場所と雇用主に雇用され、かつ当該臨時居住している国の領土上で当該雇用主のために労働する場合、この雇用期間継続して本国の社会保険参加義務に関する法律規定にまず触れるものとする。ただし労働者が本国の法律規定の適用を受けかつ当該雇用の期間が60日以内であることが条件である。 第六条 自営業者および投資者 一、締結国のうち片方の国の国民が本国に常住し、臨時的に締結国のうちもう片方の国の領土上で自営活動をした場合、この自営活動の期間は継続して本国の法律規定をまず適用する。その条件として自営活動者は締結国の法律規定の管轄を受けることである。 二、締結国のうち片方の国の国民が締結国のうちもう片方の国の領土上で当該もう片方の国の法律規定により投資外商独資企業あるいは合資企業を登録し、当該もう片方の締結国領土上に居住し当該外商独資企業あるいは合資企業に赴任する場合、その赴任期間は継続して本国の法律規定をまず適用する。その条件はその者が本国の法律規定の適用を受けることである。 第七条 航海船舶および航空機上で雇用される人員 一、締結国のうち片方の国の船旗を掲げる航海船舶上で雇用される人員は当該旗の国の社会保険参加義務に関する法律規定を適用する。ただし当該労働者が通常当該締結国のうち片方の国の領土上に居住し、締結国のうちもう片方の国の船旗を掲げる航海船舶上で雇用されている場合、当該労働者には居住国の社会保険加入義務に関する法律規定をまず適用し、当該労働者は当該居住国領土上で雇用されているものとする。 二、航空機上で雇用される管理者もしくは乗組員の雇用関係は、その雇用を受ける企業の本社所在地の領土に属する締結国の法律規定を適用する。ただし当該企業が締結国のうちもう片方の国に支局あるいは常設機関を持ちかつ当該労働者が当該支局もしくは常設機関に雇用されている場合、当該労働者には当該支局もしくは常設機関の所在地である締結国の法律規定の適用を受ける。 第八条 外交および領事機構の人員 本協定は1961年4月18日に締結された「ウィーン外交関係条約」および1963年4月24日に締結された「ウィーン領事関係条約」の適用に影響を与えない。 第九条 政府あるいは公共機構に雇用される人員 締結国のうち片方の国の中央政府、地方政府あるいはその他公共機関に雇用され派遣されてもう片方の締結国の領土上で労働している場合、当該労働者には派遣元国の法律規定をまず適用し、当該派遣元国の領土上で雇用されているものとみなす。 ********** ■気になるポイント  今回の条文訳はこのあたりまでにしておきましょう。この協定は「どちらの国で働く」と言えばいいものを「どちらの領土の上で働く」という表現をしています。これは尖閣問題以降、日本とは協議が進まないわけですね。  また協定によって相手国の社会保険への加入義務が免除されるのが、原則60日という非常に短い期間になっています(延長は可)。中国と日本が社会保障協定を結ぶ際も免除期間が非常に短いものになる可能性はあるので、注意して見ておきたい点です。  さらにポイントは日本の常識からはおかしいですが、雇用保険までもが協定の対象になっている点です。もし日本と結ぶことになっても、雇用保険が対象となるとは考えにくいですが、ある程度気にしておいた方がいいかもしれません。(続く…)(執筆者:高橋 孝治 提供:中国ビジネスヘッドライン)
周知の通り、中国では2011年7月より中国内で就労している外国人も社会保険制度の対象となることとなった。ところが現在日本と中国の間には社会保障協定はない。そのため日本の厚生年金保険などに加入しつつ中国赴任している方は日中双方の保険に加入し、保険料の二重徴収などに遭っている。
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2014-07-29 10:30