DC制度改革の分水嶺、厚労省企業年金部会の議論に注目=野村資本市場研究所

DC(確定拠出年金)の制度改定に向けた議論が、厚生労働省の企業年金部会で続けられている。野村資本市場研究所で投資信託や企業年金制度について長年、調査研究を続けてきた主任研究員の野村亜紀子氏(写真)は、「今まさに続いている企業年金部会での議論の帰趨が、今後のDCの成長を決定づける重要な議論と位置づけられる。今後の発展につながる制度改革の実施につながるよう、この機会に民間でも活発に議論し、有意義な提言が積極的に出ていくようにしたい」と語っている。(写真は、サーチナ撮影)
――DC市場が日本で、なかなか根付かないのは、どのような理由からだと考えますか?
日本にDCが制度として導入された2001年から10年余りの歴史がありますが、加入者の人数で考えると、DCへの加入者は約500万人です。DCより長い歴史のある厚生年金基金の加入者は今や約400万人、確定給付型企業年金の加入者は約800万人です。ゼロからスタートした制度であるということを考えると、現在のDC加入者数は企業年金として、決して小さいとは言えないと思います。
一方で、運用資金残高でみるとDCは8兆円程度にとどまり、確定給付型年金の70-80兆円という残高と比較すると見劣りするということになるでしょう。この運用規模の問題は、拠出限度額が小さく、大企業の企業年金制度の受け皿として小さ過ぎること、日本で圧倒的に多い中小企業の間でDC導入機運が盛り上がってこないことなど、さまざまな理由が考えられます。
――DCの運用についてみると、その多くが預金や保険商品などの「元本確保型商品」に偏り、この状況が、DCの拡大・普及を妨げる要因のひとつという意見もありますが?
たしかに、海外の方に日本のDCについて語る際に、運用資産のうち60%を元本確保型の商品が占めているという話になると驚かれます。30代や40代といった運用可能期間が長い世代の人でもその傾向が変わらないこと、まして、元本確保型商品の年利回りは「0%台」であることに話が及ぶと、「信じられない」という話になります。
ただ、DCの運用についての考え方は、米国でも試行錯誤が続けられてきました。米国では1980年代にDC(401kプラン)が導入され、市場環境の良さなどを背景に順調に拡大したものの、ITバブルやグローバル金融危機などを経験する中で、必ずしも全加入者が合理的な長期運用を実践できるとは限らないことが認識されるようになり、適切なDC制度の運営の在り方について、何度も議論が繰り返されています。
米国では確定給付型年金が次々閉鎖され、結果的に多くの人々にとって企業年金制度としてDC(401kプラン)しかないという状況でしたので、DCといかに上手に付き合っていくかという議論が深まっていきました。そして、2006~07年に、デフォルト・ファンド(DC加入者が主体的な商品選択をしない場合に、自動的に投資される運用商品)としてターゲット・デート・ファンド(目標年に向けて成長型から安定型に運用リスクを段階的に低下していくファンド)などの運用商品を設定しやすくするルールが整ってきました。
実際に米国においても、投資に関心がない、投資に時間を割けないといった人にDC運用でどのような運用商品を提供していけば良いのか、また、将来の退職後の生活資金のために残す資産の運用として何がふさわしいのかという議論も活発に行われました。そのような中でデフォルト・ファンドにターゲット・デート・ファンドを設定するアプローチが登場しましたが、企業側にとっては、デフォルトで運用商品を提供して、もし一時的にせよマイナスの運用結果が出た場合、従業員から訴訟を起こされるのではないかという懸念もあり、その心配を払しょくするためにもルールの制定による制度的な裏付けが必要だったのです。
運用商品の選択の決定者は、加入者自身になるのですが、DC制度を巡る議論としては、英国やオーストラリアでも「DC制度の普及には、デフォルト商品を何にするのかということが重要」というアプローチが現在、取り入れられています。
ですから、日本人だから、資産運用で預貯金が好まれるという議論には違和感を覚えます。日本では過去20年間を振り返って、「デフレだったから預貯金が好まれた」という評価の仕方もできると思います。しかし今や国民年金・厚生年金の積立金運用では、より積極的に株式や海外の資産にも投資しようという議論が活発なのも事実で、日本人だから資産運用に消極的であると決めつけるのはおかしいと感じます。
「日本人だから」ということを理由に、日本でのDCの運用についての議論をするのではなく、米国や英国などで進んできた「従業員の退職後の生活資金を、どのように用意すべきか」という議論を、日本でも深める必要があると思います。その点で、日本でも現在、いわゆる成長戦略の一環としてDCの運用を見直す議論が始まりました。
厚生労働省の企業年金部会では、DCを含む企業年金制度について公開討論が続いています。2014年7月25日に開催された第7回部会で、経団連や日商、連合などのヒアリングや、信託協会や日本証券業協会など金融機関代表へのヒアリング結果に基づいて、今後の検討課題が整理されています。日本でも、今まさに、DCの普及・拡大に向けた議論が始まっていますので、ここから大きな変革が始まる期待があります。
――今後、DC市場が一段と普及・成長するために必要なことは?
まず、より多くの方々がDCに加入できるような取り組みが必要だと思います。現在、日本の厚生年金の加入者は3500万人ほどですが、それと比較するとDCへの加入者は500万人に過ぎないといえ、拡大余地は大きいと思います。この点では、DCの認知度の拡大に一層努力する必要があります。
DCの認知度拡大に際しては、「加入者が自己責任で運用する」というよりも、「個々人の口座で資金が管理され、受給権が確保される制度である」という、DC制度の本質的な部分が強くアピールされる必要があると思います。従来の企業年金が、会社として従業員全体の年金を一つにして運用していたものを、DCは個々の従業員ごとに口座を設け、そこに毎月、資金が拠出されているのです。その資金は従業員の個人の財産となり、転職で持ち運ぶこともできます。このDCの優れた特性は、もっとアピールされるべきです。
そして、中小企業では企業としてDC導入のハードルが高いとされていて導入が進んでいません。より低いコストと簡便な手続きで制度導入できる仕組みが整備される必要があるでしょう。中小企業では「年金制度」というだけで、テマヒマ・コストのかかる大変な制度というイメージが先行して、検討が進まないことがあるようです。
さらに、自営業者を含めた個人型DCへの加入者は18万人程度にとどまり、ここの普及・拡大も課題だと思います。そして、公務員、第3号被保険者(被扶養配偶者)など、現在はDCの加入対象外の方々を、今後どうするのかということも議論の対象になると思います。米国のIRA(個人退職口座)を参考に、誰でも加入できる制度にしていく必要があると思います。
また、拠出限度額の引き上げも必要だと思います。より拠出枠が拡大されることで、中堅・大企業の間では、従業員への福利厚生・報酬制度としてDCを積極的に活用できるようになるでしょう。現在は、企業の年金制度等によって、こと細かく拠出限度額を決めているものを、もっと簡素でわかりやすい仕組みに改めることも検討して良いと思います。
このように様々な点で制度のテコ入れが必要ですが、そのような議論が現在始まり、まさに改革に向けたターニングポイントを迎えています。将来を拓く議論が展開され、より良い制度改革が実現することを期待しています。(取材・編集担当:徳永浩)
野村資本市場研究所の主任研究員、野村亜紀子氏(写真)は、「今まさに続いている企業年金部会での議論の帰趨が、今後のDCの成長を決定づける重要な議論と位置づけられる」と語っている。(写真は、サーチナ撮影)
2014-08-04 17:45